巡り巡って好きになる。あるいは、本当に求めてたのはこれだったという“気づき”は誰にでも起こり得る事。
名古屋にあるオオクボファクトリーの4ドアGTRはスカイラインに魅せられてきたフリーク達を驚かせたに違いない。発売されてから随分経つがスカイラインの新しい一面を教えてくれた。
それは単に奇抜な事をして世間の注目を集めたという事ではない。必然あるいは、コアなスカイラインユーザーにも理解を得たという所に注目すべきだろう。
R34の洗礼
取材当日、高速インターを降りて少し走ると遠くの方に見えてくる看板。
ショップに着くと、まるでディラーのような佇まいで、R34ばかりというインパクトの洗礼を浴びる。
「メインは中古車販売とカスタムです。今日も朝から普通にオイル交換もやってましたよ」
オオクボ氏は気さくな人柄でフランクな会話の中に時折クラフトマンとしての厳しいこだわりを見せる面白い人物。
フェンダリスト第一回に行った方はご存知かと思うが、当時話題になったGTR化された4ドアのスカイラインを造ったのはオオクボ氏である。
4ドアGTR
オオクボファクトリーの有名なカスタムは2通り。2ドアのGTR化と4ドアのGTR化。
何故、2通りに分けたかと言うと、この2つで大きく施術方法が異なるからだ。
「この3台を見てもらうと、どうなってるのかというのが分かりやすいと思うんですけど、これ(右下)がノーマルの4ドアのテールなんですね。4ドアはバックランプとウインカーとバックフォグがあって、GTR化(左下)はこんな感じになってるんですよ。で、ようは右上のGTRのケツを、こいつ(右下)にくっつけるとコレ(左下)になる。簡単に言うと(笑)もちろんポン付けじゃないですけどね」
矢継ぎ早に情報をもらうが頭で整理ができないので目で追う。
「で、上が純正のGTRなんですけど、リアバンパーの長さを比較してもらうと分かるんですけど下の4ドアは長くなってるんですね。で、4ドアを縮めて造る事は出来たんですけど、そうすっと寸法が変わるんで、4ドアとしての美観が損なわれると思って。ハッチバックみたいになってしまうのも違うじゃないですか?で、これはGTRの鉄板使って延長して造ってあるんですよ」
いきなり本題になってしまうが、4ドアのGTR化とはこういう事だ。GTR化という言葉だけ聞けばだいたい想像で理解できるが、実際に目で見て比較してみると逆に理解できない。よく見ると4ドアと2ドアのGTRとではまるで別物。全長も違えば横幅も異なる。具体的にどうやって造っているのだろうか?
クラフトマンの深度
「前後のサイズは4ドアを守って、横のサイズはGTRと同じにしてあって。なるべく新車で売ってるかのような雰囲気が出るようにって言う事をすごく心掛けて造っていて」
「最大の難関がトランクなんですけど、もちろん2ドアと4ドアでトランクの長さも違えばテールの形状も違うから色んな所が変わってくるんです」
試作機と呼ばれる4ドアGTRのトランクを開けて、ここが2ドアで、ここが4ドアとその内容を聞かせてくれた。相当な切った貼ったの世界である。
しかし、外装を見れば4ドアに全く違和感なくGTRのブリスターが存在している。それはキワモノという訳ではなく、試作機と言われても初見ではいったいどこが試作なのかも分からない。本当に4ドアがGTRになっているようで写真の合成をリアルで見ているようだ。
「これは本当に試作で造ったので雑で、この後に造ったフェンダリストに持って行った3号機のつや消しはちゃんと綺麗に造ってあるんですけど。あれを造る為にだけ試作でトライしたっていう」
「ドアも一部はGTRのを使ってあって。膨らんであるんで。三角窓の下あたりからカットしてあると思ってもらえれば(笑)それに伴ってインナーフェンダーも全部GTRに交換してあって、なるべく新車のようにというか純正であったかのようなのを目指して造ったというか(笑)ドアの裏とかも鉄板で造る以上は純正っぽくしたいなっていうのがあったんで」
オオクボ氏の狙い通りだと思う。これを見る限りメーカーから販売されていても“カッコいい4ドア”として認識してしまうのではないだろうか?むしろこういうグレードが存在していて欲しかったとさえ思わせる。
これを実現できたのは相当な試行錯誤、努力の結晶かと思うが何よりクラフトマンとしての探究心が深いレベルにあったのだろう。
リアのドアに関してはGTRに存在していない物であって形状、出幅、チリ、ドア裏、サイドシル付近を見ていくと、これを手造りするとなると狂気の世界だ。
クルマのボディを少しでも自分で触った事がある方なら分かると思う。
2ドアのGTR化
ショールームの隣には作業場があるが、GTR化している最中のERが置いてあったので見せてもらった。
ERからのGTR化は4ドアに比べると比較的楽なそうだが加工は必要になってくる。このERはGTRのクォーターを貼り付けている最中。部品はもちろん純正を使っている。
「部品は外より中の方が高いんですよ。だから中は切って伸ばしたり叩いたりして造ってます(笑)」
意外かもしれないがクォーターよりインナーフェンダーの方が高いそうだ。
「GTRの部品使えばピタッと綺麗に交換できるんですけど造ったほうが安上がりなんで。お客さん次第なんですけど、ここまでやってくれって人はいないので造ってます」
オオクボ氏はこだわりのクラフトマンであるが、同時にお客さんの事を一番に考えている。自身はビジネスマンとしては駄目と笑っていたが一ユーザーとして好感が持てる。おそらくこのインナーフェンダーも新品の純正なら苦労しないだろう。
2ドアのGTR化には、バンパーとテールもGTRの物が必要だそうだ。テールをERと比較すると形状が異なる。
ERからのGTR化の大変な所はインナーフェンダーくらいだが、4ドアになるとクォーターの中央あたりからリアのドアの為に切っていく作業が必要になり変更箇所は多岐にわたる。
とはいえ、ERからのGTR化もフェンダー、インナー、テール変更と大工事と言えば大工事なのだが。
下記の写真は4ドア化の実際の作業風景になる。
ファクトリー
一通りオオクボファクトリーのGTR化について講義を受けた後、作業場を紹介してもらった。
ERの隣にはレストア中のGTRがあり、その後ろには塗装ブースがある。
これまで話したGTR化はすべてメタルワークだがFRPでメタルよりも手軽にGTR化を楽しめるボディKITを開発中で、そうしたオオクボファクトリーのオリジナルアイテムについても紹介してくれた。こちらは別の機会に紹介したいと思う。
こうして作業場を見学すると本当にスカイラインばかりでマニアにはたまらない空間だ。
「お店をやり出したのは2014年からなんで、もう7年ですね。お店やる前は中古車屋さんに勤めてたんですけど、まぁその頃はシルビアだったりチェイサーだったり何でもやってたんです。もちろん34も」
「で、自分でやるってなった時に最初はあれもこれもってやったんですけど、やっぱりこだわると他馬力にできなくて(笑)一馬力でやれる事ってなると、何か絞ったほうがいいなってなって(笑)」
誕生
「R34ってクルマに興味を持つ人っていうのは、最初はやっぱりGTRに興味を持つんですよね。で、そうなると2ドアまでは受け止めれられるんですけど4ドアはないわって皆んな言うんですよ。最初は(笑)そう(笑)その気持も分かるし、僕も最初はそうだったんで最初は2ドアばっかりやってて」
「そしたら、とあるお客さんが、こういう風に造ってほしいって。オオクボさんが2ドアでやってる事から察するに、オオクボさんだったら一番綺麗に造ってくれると思うから頼みたいですって(笑)」
お客さんに教えてもらう、学ぶといった事は商売を営んでいるとよくある事。ただ、それをキャッチできるかするかというのは別の話。
「その時は正直、マジですか?本当にそんな事ができるんかと思ったんですよ(笑)いやいやいや、4ドアをなんで?ってぐらいな自分だったんですけど。それがもう5年前くらいの話かな。で、4ドアを造り始めてから製作工程なんかをSNSに上げたら、思いの外反響がすごくて。そこから、まぁ、名前が通ったのかなって言うのがあって。うん、その方がキッカケだったんですよね」
ユーザーとしては予算に余裕があれば思い描く自分の理想を形にしたい。造り手としては許されるならば挑戦したいという両者の思惑が一致した形となる。
こうして4DOORGT-Rが生まれた。
感度
ひとえにカスタムカーといっても実に様々でオオクボファクトリーが生み出すGTR化されたスカイライン達は、日本では数少ないタイプの大掛かりなカスタムでハードカスタムと言えるだろう。
そしてより良い物、品質を求めてお客さんのニーズに応えるクラフトマンとしてのこだわりも感じる。
「職人?どうなんですかね?(笑)職人志望くらいにしといてください」
オオクボ氏は感覚を大切にしているようで、他馬力にするとどこかにしわ寄せが来ると話す。
「僕とツバサ(もう一人のクラフトマン)ですら100%は合わないんですよ。9割くらいは感覚を合わせてあると思うんですけど、そこは人間なんで仕方ないじゃないですか(笑)だから僕らは基本的には分業はしないんですよ。どっちかが一台を造り切るスタイルなんですよね。絶対じゃないんですけど」
こうした発言も自分の造り出す作品を客観視している証拠で、クラフトマンとして大切な資質なのだろう。素人からすると分からない領域だがGTR化も回数を重ねる毎に進化しているそうだ。
また、予算的に手を出せないユーザーに対しても少しでも4ドアGTRの雰囲気を楽しんでもらおうとボディKITも造り始めている。
「納車の時に必ずって程、自分のクルマじゃないみたいですって言ってくれるんですよね。うん。まぁ、それが一番うれしい言葉だなって。出来上がって最後に洗車し終わった時に、あぁ、なんかやりきった感があるねって感じがあって。たったそれだけなんですけどね」
やっている事に愛情がないと出ない言葉だ。
行き先
高騰する純正パーツ、値上がり一方の車体、投資目当ての買い漁り、海外への流出。スカイラインというブランドをめぐる環境に様々な逆境が襲ってくる今。
オオクボ氏はこれから自分がどうあるべきかを考える。
「これも一台造るとなると、それなりに時間もかかるし量産もできないんですね」
「今ってGTRの人気で4ドアとかも引きつられて価格が上がってきちゃってるんですよ。で、現行のスカイラインにGTRテイストをほりこんでいけたらいいなと思って37のスカイラインもやり始めてるっていう所ではあるんですけど」
「もっと言うと、部品がなくなってくると37の部品とかを使って34を蘇らせないといけない世の中がいつかは来ると思ってるんです。そう。なんで、37はやろうって決めたんですよね」
今後はV37スカイラインへのGTRテイスト追加、V37スカイラインのパーツを使ったR34スカイラインへの流用。スカイラインを絶やさない為、スカイラインブランド継承の為にこんな事を考えて動き始めているそうだ。
手始めに37のブレーキを34に移植できるKITを開発中との事だが。びっくりするくらい止まるそうでリリースが楽しみである。
若年層のクルマ離れを危惧する声が多い中、オオクボ氏のような人物がシーンを下支えしてくれるのは心強く思う。ユーザーとして出来る事はクルマ遊びの魅力やオオクボファクトリーがやっているような事を多くの人に伝える事だろう。一人では微力だが皆がシーンを考えて行動すれば大きな力となる。
「どっちの為にもいい方向に行くだろうって思ってて。いつかはVR30が載った34(笑)。400Rってエンブレム貼った34の4ドアとか造りたいなって思ってます(笑)ハハハ」