流れていく、SNSやメディアでは伝えきれない事も多い。
2号機がスピンオフし、その意図がはっきりとした所で、日本のカスタムシーンにおいて、インフルエンサーとなっている細ちん氏の過去と、これまでの経緯について話を伺った。
認知度
細ちん氏の認知度が高まったのは、雑誌をはじめとするメディアへの露出と、SNSで徐々に広まっていたという。
人に影響を与える立場になった事については「そうやって言ってもらえるとうれしいですね」というものの、こうした状況にはなるとは思っていなかったそうだ。
「まったく意図はしてなかったすね。そんなに実感はなくて、周りから言われてっていうのがあるっす」
実際のところ、彼のインスタグラムなどは2万人以上のフォロワー(2017年11月現在)を抱えており、企業並みの影響力を持っている。
過去
こうしてプライベーター界のアイコンとなる訳だが、それ以前はどんな事をしていたのだろうか?
「シャコタンは好きやったんですけど、あんな仕様(惡帝)じゃまったくなかったんです。ほんとに峠大好きやったんで。峠仕様の、なんか、普通な感じのクルマやったんす(笑)今の惡帝(わるてぃ)の方を造る前に、そのクルマでいろんな所走っとったっすね」
ここで疑問が湧いたのだが、峠仕様なマシンがどうして、見たこともないシャコタンとパイプフレームの世界から視線を浴びるマシンになったのだろうか?
出会い
「うーん、これたぶん大島も言うと思うんですけど、ある日、間瀬サーキットに行った時に、大島と話しあって。まぁ、初めて会った時やったんですけど。シャコタンにしたいっていうのをお互い言っとって。おれ、パイプフレームをしたいんよねって話をして。で、あいつはサイクルフェンダーをしたいって話をしとって」
「その時期って、まだ日本にパイプフレームとか、サイクルフェンダーっていうのが全然メジャーじゃなくて。じゃあ、最初にやれたらいいねっていう話をして。それから1年かけて、2人で何だかんだ言いながら。連絡とりあってやっとったですね」
そして出来上がったのが、あの有名な180sxとs15なのだろうか?
「そうですね、最初にお披露目したのが、3年前くらいのオフセットキングス。で、その時、初めて大島と、おれのクルマが並んだ瞬間ですね」
浸透
趣旨的には、新しい事をしようという事だが、それぞれ方向性が異なるパイプとサイクルという感じで、競っていたのだろうか?
「あっ、でも本当に競っとったです。で、お互い言ってしまった以上、元に戻れんくなったっていうのがあるんで、ハハハ。あいつ口ばっかりって、たぶんお互い言われたくなかったと思うんで(笑)」
先日記事にした、HさんのシルビアQ’Sもそうだが、昨今ドリフトシーンやカーショウでも、パイプフレームやサイクルフェンダー、ワイヤータックというコアなカスタムを持ち込む人が増えてきたが、当時はストリートシーンで、それをやってる人もいなければ情報も少なかったと思う。
「そうですね、すんごいメジャーになってきましたよね。日本でもたぶん、どっかにおったと思うんです。ドラッグのクルマとか、パイプフレームけっこうやっとったんですけど。でも、ドリフトでシャコタンの為のパイプフレームっていうのは、ほぼほぼいなかったと思うんです」
細ちん氏が言うように、本格的なレースシーンでは珍しくなかったのかもしれないが、それをストリートシーンに広めたのは、まちがいなく彼の功績だろう。
批判
「造っとる最中は、すっごい冷たい目で見られとって。色んな人達から。誰もしてなかった事。ね、いきなり前をバツっと切って、パイプで繋いでってやりだしたら、お前どうした!?ってなるじゃないですか?(笑)で、あんな事してダラ(バカ)やなぁって言うのが、ちょいちょい聞こえとって(笑)でも、できた時にこうなって、今ドヤっ!!ってみたいな。ハハハ」
開拓者に批判は付き物かと思う。大事なのは“覚悟”という事を改めて認識するが、それにしても情報が少ない中で、どのように構築していったのだろうか?
「こうしたらどう?ジーって溶接して、あー、ダメやった!?ジャリーンって切って(笑)海外の方がパイプは進んどったんで、それこそ、ネットで海外のかっこいいクルマの写真を見回して、誰もやってないような事と、自分の理想を固めていったような感じですね」
“否定を覆したい”
気がつけば批判の嵐が、賞賛の嵐に変わっていった。
「色んなメディアに取り上げてもらってから、あのクルマすげえんじゃねぇって言われるようになって。それからは楽しかったですね」
自分の信念、覚悟を貫いて形にする人こそ、本当に“カッコいいやつ”ではないだろうか?
パイプフレームの利点と欠点
モノコックの180sxにおいて、パイプフレームの利点というと、フロント周りの強度アップ、軽量化、メンテナンス性の向上(エンジンルームから車高を変えられるくらい)、見た目のパフォーマンス、製作の手軽さであろう。手軽といっても、素人ではとても手を出せない範囲ではあると思うが。
「自分の場合は、フロントのタイヤが内側にあたるのが嫌だったのと、見た目ですね!」
反面、180sxについては、モノコックベースのパイプフレームで、ストラットまで直接パイプが連結される為、ヒットすると影響が大きい。また、エンジンルームがむき出しな為、雨の日には雨水が入り込んでしまうとの事で、あくまで本質はサーキットユース、カーショウ対象のカスタムになっている。
逆に、これらの欠点をクリアする発想が出てくればと思ったりもするが、そうなるとラダーフレーム、スペースフレーム、バスタブフレームと様々なクルマの構造について、勉強していく必要があるだろう。
だからこそ、好きに振り回せる、この2号機の存在は必要不可欠という訳だ。
素人工房細谷商店
細ちん氏のマシンメイクの噂を聞いて、遠方からもカスタムの依頼があるそうだが“素人工房細谷商店”はあくまでも、ショップではなく、素人(本人は整備士免許もっていたりする)でもお手伝いしますよといったスタイルで、色々な人との交流の場になっているようだ。
「最初、ほんと何もなくて。フォークリフトとタイヤチェンジャーしかなかったす。仕事柄(廃タイヤ業)、色んな車屋さん行くんで、溶接機あまっとるけどほしい?って言ってもらったり、逆にお願いしたり。やっぱ、お客さんもクルマ触ってるの知ってくれとるんで、何かあったら言ってくれるんで、何だかんだ増えてきて今のようになったって感じ」
イズム
「どちらかというと、走る方が…目立つのが好きなんですよ。目立つ為には、シャコタンであったり、色であったり、人と違う個性を思いっきり前面に出していかんと、クルマが目立たない、イコール人間が目立たないというのがあるんで。結局、根底がそこなんで、そのためにやっとるような感じなんですよ。まぁ、褒めてもらいたいんす(笑)」
「クルマ造りもそうですし、走りもそうですし。だから特別ドリフトが上手とかまったくなくて、ただ、魅せるドリフトを練習しとった。だからワンハンドとかも、すごく練習しとったし」
「選手とかって、そんな事練習しないじゃないですか??でも、ドリフトのギャラリーってやっぱり、煙たいとったら、かっこいい。角度ついとれば、かっこいい。低ければ、かっこいいってなるじゃないですか。玄人からすれば、何無駄に煙出して、角度つけとるんやとは思われてるとは思うんですけど(笑)それはそれで別に全然気にしとらんです」
主観だが、ドリフトシーンの面白いところはここではないだろうか?色々なスタイルが確立できる。大会を意識するのも良し。ギャラリーに向けた走りも良し。それはベクトルの違いであり、自身のスタイルがあって、その追求に何を言われようが全然違う話だ。
カスタムシーン
それでは、細ちん氏から見て今のカスタムシーンはどう見えてるのだろうか?90年代と比較すると色々と変化があると思うが。
「今の若い子らで、ようは、大島くらいの20代で、よくあこまで出来るなってのはあるっす。自分があの歳やったら、そこまで出来なかったし、もちろん金銭的にも設備も用意できんかったし、よく20代でクルマにそんだけ情熱をかけてお金をかけてやるのは、すごいと思いますね」
彼曰く、技術を持っていたり、突出してクルマを仕上げる若い層がいる中、すぐにあきらめたりする人も多いそうだ。
加えて、彼のようにシーンを牽引する存在になるには、どうすれば良いか聞いてみた。
「カメラマンがたくさん来るとか、みんなが注目するイベントに行くべき。行けば行くだけ撮ってもらえる機会は増える。行くことが大事やと思うんすね。で、有名なクルマを色々見て、勉強して、こういう風にすればいいんかなっていうのを、自分で試行錯誤して、自分なりにいじっていくほうがいいと思うんすね」
次なる構想
インタビューも終盤になり、気になる話題が出た。“次のマシン”。そのベース車両を、もう購入済みとの事。
「惡帝と、この2号機で得た知識を全部つぎこんでやろうと思っている」
詳細を書くことは出来ないが、想像するだけでワクワクさせてくれる。少しだけふれるとすれば、完全に前後フルパイプとチャネリングになりそうな話。
「誰よりも低くしようと思って(笑)一応構想は出来とるんですけど、なかなか時間なくて。たぶん、ほぼワンオフになると思うんす」
また面白そうな事を考えるものだと感心してしまった。
完成したら側も中身も見たことがない、メディアを沸かしてくれるクルマになるだろう。