Hさんとの取材は長期に渡った。彼はプライベーターでエンジンからボディメイクまで、ほとんど自分でやってしまう。今回は、ストリート仕様のシルビアS13のQ’Sがパイプフレーム、ワイヤータックなどのサーキット、カーショウ専用マシンになるまでを追ってみた。
ノーマル状態からのはじまり
Hさんは、元々サニトラ乗りだった。そのサニトラが車検を機に、方向転換をする事になるが、彼の中でそれは特別な事ではなく、ごく自然な流れだったようだ。
「最初はサニトラに乗ってて、たまに父親のS30のZ乗ってたんですけど、その後サニトラの車検時に、たまたま、このQ’Sが転がってたんで買ったんです。走り系もいいかなと思って」
Hさんの父親は、元ゼロヨン選手でプライベーター。仙台のレース場がなくなってしまい、現役ではなくなってしまったものの、今でもS130のZをチューニングしているらしい。幼い頃から父親がエンジンを組んだりする様子を見ていて、彼自身も独学で、クルマに関する知識を身に付けていった。
特別な事ではない
彼の自宅にはエンジンクレーンがあったり、溶接機があったり。そうした環境で育ち、クルマはただの移動手段ではなく、車種や方向性の垣根なく、“クルマ遊びを楽しむ”という事を知っている。
シルビア購入後、度々エンジンブローに見舞われているというが「どうなんでしょうね?何故かよく壊れますね(笑)」とトラブルに過敏にならずに、壊れる度に勉強して、ステップアップしている。恐れずやり続けるというのは、それだけで才能である。
分からない事があれば、雑誌やらネットで調べて、知識を蓄えているが、父親に聞いたり、友達と助け合ったりもしている。
当時感のあるシルビア
「純ベタが好きで、あと、このツートンが大好きで、絶対この色は変えねーぞみたいな」
たしかに90年代、そこら中で見た“黄金セット”のようなスタイル。小さめのホイールでローフォルムに見せるS13は、漫画「ナニワトモアレ」を連想してしまった。本人もそれを知っていたようで、Q’Sのエンブレムはそのままに残している。
足元をチェック
ホイールは「ナスカーとかが使っているホイールなんですけど」という、海外製のダイヤモンドレーシングの16インチにロングナット、10Jの4本通し。
オフセットは、フロントが-0にスペーサーが50mm、リアが−25でスペーサーで30mm。
スペーサーを入れているのには理由があるそうだ。
「フェンダー造る時に、タイヤ履かせずに、ホイールに合わせて造っちゃったんですよ。で、ホイールでツラは出るんですけど、タイヤ履かすとやっぱ、フェンダーとタイヤの間の隙間がガバガバになっちゃって、かっこ悪かったんで。タイヤは前後205/45/16。ムッチリ系が好きですね」
フェンダーは、タイヤを履かせずホイールだけをセットし、叩き出しで造ってみたがタイヤを履かせた所、想像と違っていたようだ。
アーム
「アームは、もうほとんど純正使ってますね。延長もしてないですし。スタビのリンクを短縮して、不明のピロテンションロッド入れてるくらいで。KTSの車高調の方で調整して、キャンバーボルト(上部のボルトが可変ボルトになってて、簡単にキャンバーがつけられる)が入ってるくらいですね。バネは不明のF12キロ、R10キロです」
上記のセットでキャンバーは「フロントが6度とリア5度くらいですね」との事。
ちなみに彼のスタイルは、ドリフトもグリップも、置き系のイベントもすべて対象になっている。ただ、最近はグリップと置き系のイベントが多いようだ。
「んー、前はケツ滑らせて遊んでたんですけど、最近は袖ヶ浦フォレストで、洒落でグリップやってます。たまに走行会エントリーして」
室内
室内を覗くと、まず目につくのがオートゲージのタコメーター、Bee・Rのレブリミッター。「最初フルコンじゃなかったんで、それでリミッター解除して遊んでたんですね、それでフルコン入れたんですけど、取る必要ないかなって、そのまま使ってます」
その他、ブリッド2脚、EVC、パワーFC、同じくオートゲージの水温、油温、油圧メーター、7点式のロールケージ、リアフロアバー。室内は、リアシートを外して純正色にオールペンしている。センターコンソールは中央で切って、アルミ板で蓋をしたような形になっている。
完成したエンジンルーム
しばらくして、Hさんのシルビアのエンジンルームが完成したとの事で、作業場に向かった。
作業場には、製作中のマシンや工具、父親がチューニングしているS130のZが置いてあった。
このZだが、NAながら300馬力ほど出ているという。
「L28改、3Lにボアアップ、ウェバー50。たぶん、カムとかピストン。クランクまで入れてるのかな。エンジンはフルチューンです。全部自分でやってますね、NAで300馬力くらい出てるみたいです。これ、最初s13に積んでたんですよ。元々ゼロヨンで、130のボディに限界を感じてたらしく、当時s13にL型積んでる人が、ちょろちょろいたらしいんですよ。スペース的にはギリギリ載りますね。自分もいずれはL型積みたいってのはありますね」
First impression
ワクワクさせてくれる作業場を横目にしながら、完成したエンジンルームを見せたもらった。
驚いたことに、ファーストインプレッションは「よくここまで、DIYでやったな」という感じである。
そもそも、何故ここまで造り込んだのであろうか?
「友達がシビック乗ってて、シェイプドとかワイヤータックやってて、その作業手伝ってたんですけど、かっこいいなみたいな。やっぱイベントとか行って、どうしてもエンジンルーム開けたかったんですね。そういうクルマ造りたかったんですよね。最初、サイクルかパイプで悩んでたんですよ。でも、サイクルだとやってる人多いんで、目立てないんで、パイプいくかって」
「それでもう、いきなりパイプにして。最初はストラットから前だけパイプだったんですよ。でも、SNSでこんなのパイプフレームじゃねぇって言われちゃって(笑)じゃあ、やっちゃおうみたいな(笑)そんとき、ちょうどエンジンブローしちゃって、エンジン降ろすついでにやろうみたいな感じで。そこから2ヶ月間くらいかけてフルパイプ作って」
配線で1ヶ月、パイプに2ヶ月、その他エンジン諸々含めて、製作期間は約6ヶ月。ストリートからサーキット、カーショウ専用マシンになる。
コアサポ残しのフルパイプ
Hさんは、所々オリジナリティの追求も行っている。例えば、誰もやっていないであろう、純正コアサポ残しのパイプフレーム。コアサポの中央部分も盛り上げて、独自の形状に造っていたり、バルクヘッドのスムージング、それに伴う配管の位置変更など、純正の状態と見比べないと分からないような所までこだわっている。
「パイプフレームはラメが入ってます。最初はキャンディーレッド塗ってたんですけど、キャンディーだと色が深いところと浅いところでムラが出るんで、今回はメタリックレッドでラメ入れてみました」と、トライ&エラーを繰り返している。
パイプの強度に関しては、こう答えている「ストラットを貫通して1本、さらにストラットの裏側にも、U字のパイプが入っているのでかなり強度は出でるんではないかと。サーキット1時間くらい走っても全然大丈夫でしたね。剛性感も以前と比べて、全然違いますね」
また、パイプは作業に着手する前にベンダーを買おうとしたが「曲げだけ特注したほうが安いので」と、取り回しと全体的な形状は設計してパイプを特注したそうだ。
エンジンルームの概要
冷却系は、GReddyのインタークーラーに、コーヨーのラジエター。ラジエターステーは、PASSWORD JDM。オイルクーラーはアールズ。
吸排気は、サージがトラスト製。フロントパイプは輸入品で精度が悪く、造り直したという。マフラーは、出口のラインハルトを中心に、車高を加味し、フランジをなくし差込み式に変更したり、干渉する部分は叩いたり、出来る限り地上高をかせぐための工夫がされている。
サージが見慣れない色に見えるのは、キノクニから出ている結晶塗装(VHTの耐熱塗装)の缶スプレーで塗っている為。またサージには、インフィニティのスロットル(Q45スロットル80φ)がセットされており、このスロットルに合う80φパイピングは、トラストから出ていたので購入したそうだ。
燃料系は、TOMEIの燃料ポンプに、ニスモの555ccのインジェクター。TOMEIのレギュレーターには、燃圧計を直接セットするのではなくて、延長して上向きにし、見やすくしている。
エンジン自体は「13エンジンに14ピストン組み込んで、あと、強化バルブスプリングに、JUNのハイカム入ってるくらいですね。in264、ex272」
タービンは不明品を付けているが「前にトラストのTD06つけてたんですけど、マニ割れちゃって。今回、アメリカから輸入した、CXレーシングのマニをつけたんで、とりあえずギャレットの型式不明のタービンつけてます」という理由から。
馬力的には350〜400馬力くらい。タービンサイズを見るともう少し出せそうだが「そうですね、この感じだと400後半は狙えそうなんですけど、壊れる事考えるとあれなんで、普段は安全圏で0.7くらいブーストかけて、ここ一番は1.0かけてますね」と、エンジンパーツに費用をかけただけに、今回は安全マージンをとっているようだ。
ワイヤータック
今回の製作で一番苦労した所を聞くと、ワイヤータックと回答があった。
「配線の取り回し。どこ隠そうかなって。バッテリーはトランクに移設、ヒューズボックスはグローブボックスに移設して。ヘッドライトの配線は助手席側に、穴を開けて室内に取り込んで。時間かかりましたね」
室内に配線を持って行くにあたり、配線の延長や、引き直しはどのようになっているのだろうか?「バッテリーは1本のケーブルで持ってきています。溶接用の太いケーブルを4mくらい買ってきて後ろに持ってきてますね。ヒューズボックスは若干伸ばしてあげて」
「だいぶ隠しましたね。エンジン周りのハーネスも、エンジン後ろのバルクヘッドに穴開けて、そこから室内へ通しています。ミッショントンネルの方ですね。配線を先にやって、そこからエンジン載ってけて」
ここまで隠すとなると、断線した場合など、どうなるのだろうか?
「カッコいいけど、配線のメンテナンスは、だいぶ面倒くさいですね(笑)まぁ、レース車両ですね。ただ、配線以外のメンテナンスはすごく楽です。どこからでも手が入るんで。車高もタイヤ外さなくても室内から調整できますし」
と、配線自体のメンテナンスは大変との事だが、自身で作業を行っている為、おおよそのトラブルにも対応できるのかもしれない。
とはいえ、見た目のパフォーマンスや、配線以外のメンテナンス性など、実利もあるエンジンルームで、日本ではあまり目にする事が少ないであろう造り込みになっている。
電動ファン
パイプフレーム、ワイヤータックに加えてスペース確保に、電動ファンの導入をしている。
「電ファンはプリメーラ−の純正流用で、けっこう効きますね、普段ずっと1機なんですけど、やばい時はもう1機回して。そしたら落ちるんで。手動でスイッチで水温見ながら。これ3000円くらいでしたね。一応プリウスのやつも考えたんですけど、1万くらいしたんで、そこまでこれにお金かけなくてもいいかなぁって。これやると、だいぶ整備もしやすくていいですね」
指針となる人物
「ドリドレとかに出てる、細ちんさん。あの180sxと、おしまゆさんのs15ですかね。かなり影響受けました」
それはスタイル的なところなのだろうか?
「そうですね、シャコタンで走ってて、目標であるエンジンルームを見せびらかせるっていうスタイルが、やっぱり影響うけましたね。あとは海外のチューナーのエンジンルームとか。やっぱ、あの人たちのエンジンルームってエグいの多いいじゃないですか?そういうの見てて、やってみたいなと。それで、挑戦した結果がこんな感じです。次のステップアップ?んー、今んところはもう。ようはこれ、どこのジャンルに属せるのか分かんないんで。そこらへんをはっきりさせて行きたいですね。迷走中です(笑)US風でもあるし、JDM風でもあるし」
クルマ造りについて
父親や友達の影響がありつつも、ここまでになると、そのモチベーションや労力も相当な物であろう。そこにはやはり楽しさや面白さがないと出来ないと思う。
「作ってる段階がやっぱり好きですね、ここがこうなって、こうなるんだとかずっと考えながら、やってるその最中が好きなんで。もちろん運転も楽しいですけど、造ってる最中が好きですね。特にこうしたらカッコいいのかなと、構成している最中が一番楽しいです。夢のエンジンルーム?そうですね、はい」
トータルで、コンセプトありきの車両にする為に、エンジンルームを造ったが、この先は考え中で、まだまだやる事は一杯ある。
「とりあえず、エンジンルームはできました。こっから外装だったり内装だったり、見せ方を考えたいなと。エンジンを造り込んだように、見せ方も造り込んでいきたい。目標としては、クルマ造り、チューナーとしてリスペクトされたい。プライベーターでもこんだけ出来るんだぞって所を知ってほしい」
彼のクルマ造りは、まだまだ続くようだ。