オガタさんは素人ではない。横浜にある老舗のショップ “エニシングファクトリー”の後継ぎだ。
しかし、全身細部に渡るカスタムボディメイク、RBの泣き所を抑えたチューニングなど、玄人とてこの仕上げまで持っていくのは容易ではない。
想像力と行動力が生み出したECR33セダンを堪能してほしい。
ECR33セダン
取材前に筑波でクラッシュしたそうで「あまりジッと見ないでほしいですけど」と言いつつも何事もなかったように姿を見せたくれたECR33。
その出で立ちは、スカイライン乗りでなくても初見で“違和感”を覚えるだろう。2年前のフェンダリストに突如出現し審査員全員が注目していたようだが、その後ドリドレにも参戦し話題になっていた。
速いドリフトを追求しながらも、置きのイベントでも勝負できる才色兼備なマシンはストリートカーとして学ぶ事が多い。
短縮加工
知ればボディメイクにしてもこんな事してるのかと面白いはずだ。まずはフロント周りから。
「バンパーはニスモのN1タイプなんですよね。でもECRに付けるとチリが合わないんですよ。ライト周りとか。タッパも結構あって。あと丸いウインカーとも色々付いてたのかな」
「そういうのが全部気に入らなくて、チリ合わせをし直してタッパも詰めて。で、リップは後期のGTRの純正を付けて。ようはタッパを詰めた分リップでバランス取ってって感じです。だから普通に付けちゃうとこの車高でも着地しちゃうと思います」
400Rと比較すれば面白いだろう、角度によっては32に見えたり34に見えたり。スカイラインでもあまり見た事のない表情を見せてくれる。
バンパーに収まっているのはトラストの3層インタークーラーで、その奥にオイルクラー。これもまた加工によりインストールしているが、ねじ込んでいるように見えない自然な仕上がりだ。
ボンネットリップ
フロントフェイスを見た時の違和感にはまだ理由がある。それはボンネットリップとライト。
「ボンネットはメーカーが分からないんですけど、400R仕様なんですよね。で、ボンネットリップをスムージングして延長した感じ。あとはプレスラインもわざと付けて、ここ付けましたよって強調した方が締まって見えるんですよ」
「これやるだけで33のノペっとしているが無くなりますね。グリルは純正で真ん中にあるフィンをぶった切ってグリルレスっぽくして。色も暗いトーンに変えて。でも、グリルがないとライトのステーが見えちゃってダサかったんですよ」
オガタさんの発言から察するに、常にバランスを大切にしているのが分かる。
「ライトは殻割りして、ブラックアウトしてクリアも入れ直して。ベースは2ドアの後期のライトですね。セダンのだとレンズカット入ってて真っ白なんですよね」
鉄板溶接フェンダー
フェンダーは裾まできっちりと仕上がっており、ドリ車だけあってストローク分を見越してか広がり始める位置は比較的上部になっている。
「フェンダーは鉄板溶接でバンパーはFRPです。フェンダーに合わせて造った感じですね。鉄とFRPは密着悪いので、フェンダーの裾をFRPに埋め込むのはちょっと嫌で、バンパーはFRPだけで成形して、フェンダーは純正に自分で鉄を切ったのを溶接してって感じです。だから、ドリフトして歪んでる所もあるんですけど、干渉する所はパテ入ってないので歪んでも割れないですね」
既製品ではないので出幅は正確には分からないが、フロントが50mmでリアは70mmくらいとの事。特にリアはリアドアから広がっているので分からないそうだ。
フェンダーを見ていると気になったのだが、サイドマーカーは純正のまま残してある。
「33のカッコイイんですよ。埋め込んであって。だからこの33の純正を180sxとか34とかVIPカーにも埋め込んだ事あるんですよ。レンズはニスモになってますけどカッコイイんですよね」
サーフィンライン
ECR33セダンの側面には通常2本のプレスラインが入っている。1本はCピラー、もう1本はボディの中央にフロントのフェンダー後方からリアまで走っている。
しかし、このECR33のプレスラインは普通ではないのが分かるだろうか?すでに気がついていた方はフェンダリストかもしれない。
「純正があまりにも平行なので横から見た時にブリスターが下がって見えちゃうんです。だから下のプレスをバランスを崩さないように、リアのドアくらいから徐々に上げて上のプレスと揃うようにしてるんですよ。こっちの方がバランス良かったんで」
フロントから始まり、リアドアから上がってCピラーと平行になるようなラインになっている。プレスを意図的に造った事がある方ならこれが如何に大変でセンスの必要な作業か分かるだろう。
加えてリアドアからは、GTRに見られるサーフィンラインのようになっている。
「ただ、34GTRでもここまで出てないですね。一応イメージ的には34のブリスターとエボ9のブリスターを混ぜたような感じです。この反っている形はエボ9、ケツ上がりの形は34なんですよ」
斜めからサーフィンラインを見るとドアの上部からプレスラインに向けて反っているのが分かる。またそれに合わせて、ドアノブと給油口の造り込みも美しい。
「このラインだけで4回くらい造ってます(笑)平行のもやったし。給油口もぶった切って三分割にして足りない所は溶接して。基本的に前も後ろも鉄板を切って造ってますよ」
トランク内の溶接跡を見せてくれたが、完全にゼロベースでやっている。
造形をやっているカスタム車両は多くあるが、このECR33は唐突に切った貼った感はなく、純正デザインに敬意を払い、そこから突き詰めていったボディワークだ。それは芸術の域に達していると言って良いだろう。
光沢
その他、サイドステップは2ドア用のノーブランド品を加工して装着、リアバンパーも同じくFRPのノーブランド。
但し、リアフェンダーの広がりと帳尻を合わせる為に広げて、プレスも造り直しているのと、強度を上げる為にエアロの端に折り返しを造っている。
「ボディは結構パテ入ってない所ないくらいですね、事故りまくってて側面もやってるんで、箱はもうグズグズです(笑)」
と話していたが、外から見てる限り分からない。むしろ光沢を放っている。
「ボディの色はAudiのA5の純正色をベースに金のパールを4Lに対して500ccくらい。ありえないぐらい入れてるんですね。光が当たると明るくなりますね」
エンボス加工
聞けば聞くほどボディワークの秘訣が出てきて、なかなかたどり着かなかった箇所があった。それはリアのSKYLINEというエンブレム。
よく見ると文字がエンボス加工のようになっているが、これを塗装だけで表現しているそうだ。
「サフェーサーを吹いてアシ付けしてを何回も繰り返して、塗膜だけで造ってるんですよ。元はメッキのプラスチックの文字が貼ってるだけですけど、文字の縁に塗膜を盛って立体的にしてるんですね。説明もやるのも難しい(笑)」
ストラット落とし
室内を見渡すと、いったい何点か分からない程のロールケージとガセットプレート。またその形状の普通ではない。
「一からのワンオフです。サイトウロールケージさんにお願いして。まず33セダンはダッシュ貫通ロールケージがないですよ。で、定乗員避けもないんです。あと、オレ身長が高いんで席がすごい後ろじゃないですか?だからBピラーの位置もすごいずらしてもらってるんですよ。Bピラーこんな位置に来ないじゃないですか(笑)」
後部座席に座らせてもらうと、意外にもクロスバーが邪魔にならずに座れてしまった。
「そうそう。これリアがストラット落としになってるんすよ。リアの車高調の上に付いてるんですよね。これやるとすごいトラクションアップするんですよ。もう全然変わりますよ。結局タイヤハウスに落としても、タイヤハウスってたわむんですよ。でも、ストラットに落とすと、それを抑え込んでくれるんでサスが踏ん張ってくれるんです」
横からの写真を見てもらうと分かると思うが、タイヤハウスとの連結とは異なる為、リアガラス付近でバーがクロスしていて、リアシートの空間は空いているのが分かる。
並列サイドバー
「何点なんですかね?天井もクロスしてるし、よく分からないですね(笑)センターも入ってるし。サイドバーは2本並列ですね。クロスだと乗り降りがしにくくて。並列だと乗り降りがしやすいですよ。やってる人いないじゃないですか?これをやりたくて。だから、絵を書いてお願いしました(笑)」
このサイドバーは初めて見た。サイドバーと言えばTボーン対策だったり剛性アップだったり効果は大きいが乗り降りしにくいというデメリットもある。
その点、この形状は通常のサイドバーにくらべて乗り降りがかなり楽だった。
「あと、純正シートだとサイドバー付かなくて、かなり加工が必要なんです。何で助手席が純正シートかというと彼女がうるさいんですよ(笑)だから室内は革張りでごまかして(笑)うち内装の貼り替えもやってるんで、ダッシュの生地でピラーも貼り替えて。天井も全部です」
意外な話が出てきたが、たしかに運転席とロールケージを除けばラグな雰囲気だったりする。
コックピット
シフトノブの前方には油温、油圧、水温のDefiメーター。センターパネルには空燃費計とラジエターに水を噴射するGPスポーツのコントローラーを埋め込んでおり、その上部にナビの画面がセットされている(ユニットはグローブボックス)。
「やっぱ夏場だと水温高くなっちゃうんで、ラジエターとオイルクーラーに水を吹くようにしてます。つまみでパッパッとか吹きっぱとか調整できて」
コントローラーはGPスポーツを使っているが、水を噴射する部分は園芸用の霧吹きのウォッシャーノズルを使って自作している。
運転席には右からブースト、電圧、タコメーター。メーターの下にはEVC-Sが埋め込まれている。タコメーターは機能美を追求した結果こうなったそうだ。
運転席に座ると、かなり考えてレイアウトされているのが分かる。またFRPも得意分野というだけあって、パネルも造り込まれており既製品のようだ。
オガタさんは身長が高い為、ブリッド(ジータTYPE-L)もシートレールを加工してかなりローポジション化した上でメーターの位置などを考えている。
足元
ホイールはリバレルの最中という事でサブとなるが、サイズはフロントが10j-10、リアが11.5j+2くらいとの事。タイヤはフロントがアクセレラでリアはナンカン。サイズはフロントが225/40-18、リアが285/30-18。
「足回りを全部造っちゃってるんでワイトレ入れて逃げを造らないとこのホイールだと切れ角で裏リムがサードリンクに当たっちゃうんで。でもワイトレが気に食わないので今造ってるやつで全部無くそうかなって思ってるんですよね」
サーキット走行時は前後ハイグリップタイヤ(F:255 R:265)にTE37で走ってるそうだ。
足回りは車高調、アーム、メンバー上げと補強を前後。フロントはラック前出し加工(ステアリングラックを前にずらす事により逆関節防止)、ナックルは3UPのSPLのオーダー品(サードリンク短縮した用に特注)だそうだ。
「速いドリフトが好きなんです。ある程度のシャコタンでもそれなりに行けるくらいの。普段は茂原走ってるんですけど、速い人がいるんで一緒に走りたくて。車高がある程度低くても足は動くように考えてて、33でこの車高にしちゃうと前後アームロックが凄いんですよ。フロントはアッパーアームがフレームにガンガン当たっちゃうし、リアもハイキャスの所がアームロックしちゃうし。それを対策して足を動くようにしてます」
車高を下げて走れるクルマにするにあたり、重点的に対策したのはアームロックを回避した上で足を動かす事だったそうだ。
「一つ一つ試して。大幅に短縮したり延長したりもしたんですけど、やり過ぎはダメだなって思って、ほんとちょっとずつ。フロントでいうと、サードリンクは2センチ短縮、アッパーアームをキャスター付ける為にわざと斜めに付けたりとか。キャンバーはロアの延長で調整してとか。そういう細かい事やってますね」
「あとはピロをあまり使わないようにしてて強化ブッシュにしてます。リアの調整アームとかピロなのをブッシュに打ち替えたり。ブッシュもサスペンションなんで」
足を造り込む上で、ロールケージの他にもスポット増しでかなり剛性を確保している。
「エンジンルームと、見えないけどメインフレームも室内も入ってます。リアだけメンバーの付け根くらいで」
「強化メンバーにして走ってるとフレームの付け根がよく割れるんですよ。意外に知らない人いるんですけど、強化メンバーにしてトラクションアップしたって喜んでて、しばらくして何かおかしいなって思ったら、だいたいフレームにクラック入ってたり、スポット剥がれたりとか」
グループA
ボンネットを開けてもらうと、“たたかうクルマ”の姿が見えてくる。きっちりと造り込んでいるとの事なので話を聞いていきたい。
「まずオイルパンはFR仕様にしてます。RB26のオイルパンって4駆なので穴が開いててドライブシャフトが通ってるですよね、その穴を埋めて容量アップしてます。で、ドリフトしても横Gに耐えるようにバッフルプレートを加工して入れてますね。オイルポンプがかなり貴重なんですけど、当時物のグループAのオイルポンプが入ってます。新品で手に入れたんで油圧もちゃんとかかるようになってます」
グループAの新品(当時物)と聞くとマニアにはたまらないだろう。通常のオイルポンプとはギアの歯数、厚み、材質が異なっているそうで流石といった所。ギアが振動で割れてブローするというよくあるRBの症状も全くないそうだ。
「ブロックはニスモのN1ブロックで、クランクシャフトも全部バランス取りしてラッピングして、コンロッドとかボルト類は全部強化部品」
「ピストンはHKSの鍛造が入ってて2.7Lにボアアップ。ヘッドはナプレックのハイレスポンスで、カムは東名のポンカム。バルタイいじってコイルはGTRの35コイル。タービンはR34のN1タービン。一番デカイ、ボールベアリングタービンですね」
「インジェクターは555です。だから吹けきって530馬力くらいですね。エンジン的には強化ボルトとかにして800馬力くらいでも耐えるように造ってます。あとはオリフィスの径を変えたり、ウォータージャケットに穴開けてキャビテーション起こさないようにとか細かい加工もしてますね」
どうやら、ここまで造り込んでいるのは今後シングルタービンに変更してさらに上を狙っていく為らしい。
ブローバイ
現在は暫定仕様との事で、一部パイピングは間に合わせらしいがそれでもエキマニ、アウトレットは東名でフロントパイプからフルチタンになっている。
RBはブローバイが多いと言うが、そこもオーテック塚田のオイルキャッチャーで対策されていた。
「ガスとエンジンオイルを一回キャッチしてからオイルはエンジンに戻して、ガスだけ負圧に流すってやつなんですけど、RB26ってブローバイ多いんで必要ですね」
制御
ECUは金プロらしいが、どうやら純正ECUレスで動かしているらしい。
「金プロオンリーで動かしてます。だから純正コンピューターなし。エアコンとかも全部金プロで動かせるんですよ。本体も助手席の純正の位置にちゃんと付けてあってハーネスも全部造って。そんなに高くないし良いですよ」
古い車両の純正コンピューターは経年劣化でハンダが取れたりして時々誤作動を起こしたりする。そうした状態だと電装系のトラブルシュートもかなり困難だ。
そこで純正ECUをリフレッシュさせるか、フルコンを入れてセッティングするかだが、こうした情報を知っていて損はないだろう。
電装系のトラブルはとにかく厄介なので、心当たりのある方は視野に入れておくと良いと思う。
向き合い方
すべてを伝えられたか分からないが、とにかく聞けば聞くほど引き出しから何か出てくるような車両だ。単純に話を聞いているだけで面白いし勉強になる。
残る疑問があるとすれば、大前提として33セダンというベースをここまで突き詰めてきた理由が気になった。
「33のセダンなんて、部品取りにされてましたからね。25ミッションとエンジンだけ取っておけばOKみたいな(笑)」
「これは昔、先輩が乗ってて10万円くらいだったと思うんですけど、買って。これがはじめてのドリ車で。その頃はもう板金の勉強してたんですけど、当てては自分で直してって感じで。でも、それが練習になってたんですよ。だから当ててもそれなりに直ってたんです。それを年々続けてるうちに愛着が湧いてきちゃって」
「最初は33セダンなんて乗り潰して、クレスタなり13なり乗ろうかなって思ってたんですよ実際。でも気づいたのが、これでカッコイイって言われるの造れるようになったら逆にいいんじゃねえかって」
「もうこれで9年、10年になっちゃうんですけど。33セダンでもこんなカッコよくなるんだって言われるのが、けっこう嬉しいですね」
クルマに対しての向き合い方は人それぞれだ。一生かかってもコレというクルマに出会えない人もいるかも知れないし、それを望んでいない場合もある。
その点、オガタさんは最初に出会ったドリ車に今も惹かれている。それは幸せな事かもしれない。
“何度見ても飽きない、何度乗ってもまた乗りたくなる”クルマは存在すると思う。
「これはもう手放さないですね。もし廃車級の直せないってなっても、たぶん33セダン買ってきますね(笑)で、また部品移植して。そう、これが最初に乗ったドリ車で一緒に育ってきたんで。他にもサブで乗ってた事あるんですけど、こいつが一番しっくり来るなって」