チューナー視点の話はよくあるが、オーナー視点でチューニングについて聞くと違った面白さがある。
といっても、Sさんはチューニング歴もさる事ながら、知識も経験も豊富で、チューナーにお任せという訳ではなく自分の理想を追求するにあたってチューナーとタッグを組んでいるイメージ。
Sさんとの会話は専門用語が飛び交うが、その先にはチューニングに対する追求心やロマンが見えてくる。
“チューニングの楽しさ”を再認識してほしいと思う。
当時物と新しい物
取材にはGaragemakつながりという事で、同じくモンスターマシンを操る銀鮫号のアメさんも同席してくれた。
初見の感想としては、当時物と新しい物がミックスされた32といった印象だった。
バンパーはトラスト、サイドステップとサイドフラップはリバース、ボンネットはバリス、ミラーはガナドール。
「元々、トラストのフルエアロで乗ってたんですけど、サイドステップが今時の真っ直ぐなラインのやつが欲しくなって、なんか良いのないかなって探してた頃にリバースさんが出して。他にも候補があったんですけど、ちょっと張り出しが強すぎて大きすぎるかなぁって思って。んで、リバースにしてそのままですね」
今では高価になってしまった当時物が綺麗な状態で、思わず口元が緩んでしまう。
「もうだから、このバンパーは買ってすぐ変えたんで20何年付いてますね。でも色んな所が欠けちゃったりするんで、お直しお直しで」
「ガナドールはS13用ですね。32と13の差はミラーの下側が斜めになってるんだよね。これは13用だから斜め、32は真っ直ぐなんだよ確か。GTRのイベントとか行くと、あれ?これ違うくないですかってツッコまれた事があって(笑)。ガナドールも昔から付けてますけど、今じゃ当時の値段では買えないですよね」
制動力
ボディカラーは、輪郭がはっきりと出るので気に入っているというレクサスのホワイトパール。
ヘッドライトは殻割りで中をマット塗装。ナチュラルなフェンダーはこだわりの前後爪折りの叩き出し。
そこに収めたホイールはTE37SL、サイズは[F][R]18×11j+15の通し。タイヤは[F][R]285/30-18。
TE37の奥に見えるキャリパーとローターのインパクトが物凄い。
「ENDLESSさんのモノブロックってアルミ削り出しの。と、それ用のローターと。フロントが6ポッド、リアが4ポッド。これは効きますね。マスターシリンダーもガレージ伊藤さんの大きいやつに変えてあるんで、ギュッで終わりですね。それ以上は奥にいかないんで、あとは踏み続けるか続けないかの差くらいです。タッチが全然違うんでいいですよ」
素人な疑問としては、マスターシリンダーの容量を上げてローターを大口径化した時点で、強めに踏むとロックしそうなイメージだが「強く踏んでも、余裕があるのでロックする感じは全くない」との事。
キャリパーもさる事ながら、ガレージ伊藤のマスターシリンダーはかなりオススメらしい。
それにしても踏む力ではない所で制動距離をコントロールできるなんて何とも羨ましい話だ。
勿論、キャリパー、パッド、ローター、マスターシリンダーなどバランスが取れているという事が大切で、最高速というステージでは強力な武器となるのだろう。
オーバル
リアを眺めると、最近では見なくなったオーバルテールのマフラーが逆に新鮮だ。90年代はこのタイプか5ZIGENかというノリがあったと思うが。
「そうそう、そうですよね。うん。それからアペックスのN1が出て浮気したんだけど、みんなN1みたいな斜め出しにしてたから戻した感じですね」
現在はAPEXのRSエボリューションが付いているが、1000馬力超えのマシンゆえの悩みがあったそうだ。
「電動でもECVでもいいんですけど、バタフライ式のものだと開いてる時に排気が当たってるとあまりの熱さにしなってしまうらしんですよね。で、Makがそれを経験してて板物で消音は厳しいって話で。でも、インナーサイレンサー入れるのは面倒なので何とかならないかなと思って」
フルブースト2.2という数値から想像するに、排圧や温度は相当な物かと思うが、まさかECVが曲がる程とは思わなかった。
最近はサーキットでも音量規制がある為、取り組まないといけない問題だろう。これについては、中間パイプを分岐させた上で、ウエストゲートを使って排気を分岐する事で回避したという。
理にかなったアイデアが何ともすごい。
T51Rスペシャルの2.2
さて、エンジンルームだが、何時間でも見ていられそうだ。これだけでワクワクしてしまう人も多いだろう。
「エンジンはHKSの2.8L。87で1mmオーバーですね(ピストンの話)、どうせやるなら1mmオーバーで。最近だと86のまま、ロングストロークでパワー出すのが多いみたいですけど、限界出してみようって話で」
「エンジン組んだのが3年前くらいになりますかね。最初はトラストのTD06ツインで600馬力にしてたんですけど、エンジンがヘタってきたし2.8にしようって話になった時に、デカイのにしましょうって事でこれですね。HKSのT51Rタービン。スペシャルです。でも、これより大きいのまた出たでしょ?」
ヘッドカバーと見比べると、その大きさが伝わってくる。
「インパクトはあるんですけどね、今だったらボルグワーナーとか、アメさんのみたいにGCGとかにした方が、同じパワーを一回り小さいタービンで出せるから乗り味とかもいいし、良いのかなって思いますよね。これ、10キロくらいでアイドリングで走ろうとすると少しツライものがありますね」
「ドッカンはドッカンですよ、やっぱり。Vカム入れてバルタイもいじってもらって、かなりトルクフルにはしてもらってますけど。セッティングはもう、どれくらいやりましたかね。実走セッティングもかなり詰めてもらってあるんで」
同じく1000馬力超えのシルビアS15に乗るアメさんでさえ、FRと違った異次元の加速と話していて興味津々になる。
「僕、バイクもやってたんで、ブーと走ってて、パーシャルからグッて踏み込んだ時に、ブブってなるの嫌なんですよ。ブッって行ってもらわないと駄目なんで。っていう話をひたすらMakで説明して。で、セッティングしてもらって。かなり下は詰めてあるんで、アクセル1cmに対してパンと突くようにはなってますね」
それは一切遊びのないセッティングという感じなのだろうか?
「どうなんですかね、大きいタービンの割にはドッカンじゃないように下を詰めてもらってるって感じかな。でも下に振りすぎると上が無くなっちゃうって事で上は入れてもらって。セッティング次第じゃないですか?売ってる部品をただ付けても、そこはなかなかやらない領域ですよね」
部品を付けるだけはでなく、あくまで自分の思い通りにコントロールするにはセッティングが大切で、パワーもしかりだが、Sさんはセッティングに重きを置いているようだった。
DLC処理
エンジンの話から、DLCコーティングについてレクチャーを受けていた。
「これはカムの軸受から全部ナプレックさんでコーティングしてありますね。エンジン組む時どこまでコーティングするって話だったんですけど、ネットで見てナプレックさんでココとココも全部DLCやってくれるみたいなんでお願いしますって言って(笑)で、これは全部やってもらいましたね」
「6発なんで、クランクの軸受の一番先端の所をコーティングしてるのとしてないのでは、プーリーの外れる感じが全然違うみたいですよ。WPCとかそういうのですね。DLCも最近じゃやる人多いみたいですよね。この辺りじゃ老舗のオーテックさんもDLCはメニューに組み込んでるみたいなんで」
DLCについてアメさんもこう話す。
「コーテイングあるなしで、クルクルって回した時に何もしてないとしばらくして止まるんですけど、コーティング済みのやつはシュッと回すとクルクルってずっと回ってるような感じなんですよ。表面がツルツルなんで。してないと擦れちゃって抵抗になるんで」
少し前に流行ったハンドスピナーをイメージすると分かりやすいかも知れない。
F1でもHONDAはフリクション軽減や耐久性を上げる為にDLC処理を採用しているようなので、その効果は間違いないだろう。
「フリクションロスがないんで、踏まなくてもエンジン進むみたいな。僕のも回りはいいですね、コーティングしてあるせいか、エンジンのフィールもいいし、強度も上がるみたいですしね」
燃料について
2.8L、T51R-SPL、NOS、ブースト2.2となると燃料の扱いもシビアになってくると思うが、どのような内容になっているのだろうか?
「インジェクターは1000cc入ってますね。日本製のじゃ小さいからオーストラリアのDynamic製ですね。あと、デリバリーパイプから何からハイパーチューンです。サージタンクも。海外製のじゃないとノズルの形状が追いつかないって言ってました」
IPコイル
マニアックな話が続くが、パワーを最大限に引き出すのにコイルが重要だというのがよく分かるがこのくだり。
「最終的に変えたのはコイルですね。35コイルが入ってたんですけど、NOS付けて再セッティングした時に35コイルだと足らなくて、で、IPコイルですね。IPコイルにしたら全然大丈夫です」
「昔流行っていたダイレクトイグニッションって、チューナーによっては不評だったみたいで、パワー出していくとあれがリークしちゃって。プラグに火花いくのがよそにもリークしちゃって、うまくスパークしないって言われて、僕はずっとノーマルで乗ってたんですね」
「パワーアップした頃は、RBだと35GTRのコイルを付けるキットが出てたんで付けてたんですけど、これがまた900馬力あたりからスパークが追いつかないって話になって、ヘッドホンつけてセッティングしてたら、チチチチってノッキングがすごくて無理だって話で。で、IPならいけるみたいって聞いて、IPコイルの35GTR用を入れて。たしかに問題ないですね。1000馬力超えてもノッキングしないですね」
勿論狙っている領域によって良しとされるパーツも変わってくると思うが、モアパワーを求めるチューニングシーンでも、IPコイルは基本と言われるほど重宝されているようだ。
Sさんがセッティングしている時にアメさんが同席していたようで、その様子を話していた。
「IPコイルつけてセッティングしただけでNOS吹いたって勘違いしましたもんね(笑)ハハハ」
「そうそう。いやー、NOSすげーすねって。そしたら、いや、まだバルブ開いてないですって言われて、あれーって(笑)おかしいな、すげー速くなったんだけどなって言ったら、下詰めながらIPもかなり電圧上がるんで完全燃焼するみたいですって」
削り出しのコレタン
燃料ポンプはSARD、コレクタータンクはオーストラリア製のTaarksというメーカーの商品。削り出しでサイズも見た目も良い。
燃料ホースについては、元々アルミのパイプを組んでいたが、荷物を載せていてパイプに当たって燃料が漏れたという苦い思い出があるそうだ。
「どうしようかなって思ってたら、F1とかでも使ってるステンメッシュのやつで、ナイロンのやつがいいよって話で変えてもらいました」
コンピューターはVプロでVer.4に更新。このバージョンアップでは基本処理が異なるらしく苦労したそうだ。
しなる足回り
時代の変化と共に新しい技術が出て、幾度もリメイクをしてきた32GTR。最終的にNOSを搭載するに至る訳だが正確に馬力はどの程度出ているのだろうか。
「NOS噴射で1100馬力ちょっとくらいですかね。ただ、まぁこの幅なので、流石に踏み切れないなぁって自分でも思いますけどね」
ナローボディに当時物、中身は日本のチューニング技術が満載といった玄人すぎるマシンだが、このマシンを転がすにはドライバーのスキルもしかり、足回りのセッティングも難しそうだ。
「HKSのオーダーメイドですね。谷口さんが好きな味付け風らしいんですけど、僕が乗った印象はゲート開くと前につけてた足だとアテーサが効いて、横にお尻を振りだした時にカウンター当てながらもそのまま踏み続けると、回っちゃうんじゃないかなって躊躇しちゃってたんですけど、今の足は懐が深いのでガッと沈んでそんなに尻を振らないで前に進めますね、なのでもっと踏める感じですね。かなりいいですね」
聞くと、この足回りで何ら不満はないそうで、硬くはなく“しなる”足回りとの事。また、Makのオススメでお願いしたフルピロ化は“動きがかなり変わった”と話していた。
パワートレイン
GTRの純正パーツはよく出来ていて、他車種でGTRの純正パーツを流用することがあるが、それでも馬力を考えると見直しが必要だろう。特に駆動系はそのパワーを受け止めないといけない。
「ミッションはOSの88って呼ばれてるシーケンシャルの6速ですね。シフトに付いてるレバーはバックに入れる時に握っておかないと入らないやつです。クラッチはATSのカーボントリプルですね。で、デフも前後ATSのカーボンです」
「ペラシャはアルミに変えてあります。トラストさんが去年売りに出してたんですよ。アールズミーティングの時に出てて、買いますかって言われて(笑)だから今ギア入れるとバッティングセンターみたいな音してます(笑)ウーン、カコーンって(笑)」
ペラシャもカーボンにする事も考えたらしいが高額になるのと、アルミの一本物と違って繋ぎが入る為にアルミを選択した。
至福の時
GTRに乗る前はインプレッサで雪道を楽しんでいたというSさんだが、GTRを購入してからは32一筋という。
「僕はそれなりに気持ちよく最高速ですね」と余裕を持った遊び方をしているようだ。ただ実際にこのマシンを全開走行したら何キロ出るのかという問いに「320は全然ですね」とさらっと答えていた。
これには、その場にいた全員が笑っていた。勿論サーキットのようなクローズドでの話しだが、実際内容を知るとこのRのポテンシャルは底知れない。
「どうしても湾岸ミッドナイトの世代なんで、あのー、レイナのRって言われるんですけど、僕的にはどっちかと言うと平本さんのGTRなんだけどってよく言うんだけど(笑)」
Sさんの話す内容は、まさしく湾岸ミッドナイトの世界観に通じるものがある。
これまでの会話にあったように、ただパワーアップしました、強化しましたという話ではなく、クルマと対話するように答えを導き出す。
そうする事で限界走行時に、クルマと一体化できる至福の時が生まれるのだろう。
おそらくこれを読んでいる方も、時に“あの瞬間クルマが思うように動いてくれて気持ちよかった”という時間や思い出があるはずだ。
そうした特別な時間、無音の世界を体験できるのはチューニングの醍醐味の一つと言える。
32GTR
チューニングの魅力、ロマンの前にはどんな大人も子供のようになってしまう。
人によっては一生をかけて答えを追い求めているだろう。
現代のクルマと違って、32GTRはユーザーにそうした問いかけをする一台なのかもしれない。
この意味を現在の自動車メーカーの方にも考えてほしく思う。
「32の魅力?なんでしょーね、高校卒業する時に新車で32が出たんですよね、なんで憧れもあってやっぱり32GTRかなって。32はイジってなんぼ、色を出して楽しいクルマですよね」