4号機となるD-MAXのマシン。本機はたたかい続けて勝つためのノウハウや技術が詰まっている。
それはもう大きな財産で、単にとんでもなく速いとか、凄いといった安易なテキストでは伝えてはいけないのではないかと思うほどに磨き抜かれている。
レースで活躍する姿を見る事は多いが、華やかな舞台の裏側でどのようなクルマ造りが行われているのかお伝えしたい。
背景
本機のドライバーは横井選手であるが、メカニックのムラセ氏から詳細をレクチャーしてもらう事になった。
横井選手は幾度もチャンピオンを獲得しながらもショップではエンジンも組んでしまうとんでもない人物だが、ムラセ氏もこれまたスキルフルで博識。
F4からD1まで様々な経歴を持ち、ドリ車のエンジン制作や配線加工を得意としている。
そんなムラセ氏に4号機の概要から教えてもらう。
概要
ブルーのカラーリングにD-MAXのロゴ。見慣れた外装に補修跡や汚れはいかにも“たたかうクルマ”。
しかし、ボンネットを開けると見慣れないパーツで構成された芸術品のようなエンジンがある。
「16アリストの2jzに、いつもお世話になってるブライアンクロワーさんのストローカーキットつけて3.4Lになってて。で、ヘッドとかも一通りやれる事はやってて、GCGさんのGTXの4088Rってタービンを使ってます」
上置きのタービンとパイピングはかなりの大物に見える。
「いや、もっと大きいのはあるんですよ。今はGシリーズが主流でけっこうG35とかG42っていうのを使ってる人が多いですね。最初の頃はGTXの4294Rってやつがついてました」
「これは4台目になるんですけど、外装はこのD-MAXのレーシングスペックっていうエアロをずっと使っています。4号機から違う所っていうとサージタンクがプラズママンってメーカーになってて、ボッシュの電スロがついています」
電スロ
これまでは電スロと聞けば“レスポンスが悪い”からという理由で対象外となっていたドリフトユーザーもいる事だろう。しかし、最近は電スロ事情も急速に変わりつつあるようだ。
D-MAXのレーシングマシンが電スロを選択したからには、それなりのメリットがあるはずだ。
「えーと、電スロにするとアンチラグが使えるんですよ。アクセルオフでパラパラってやつ。あれが使えるようにしようって事で今回から電スロつけました」
「効果はやっぱりアンチラグが使える分メリットも大きいですね。昔と違って制御するコンピューターの処理速度が速くなってきてるんで、アクセルの入力に対する電スロの動きもだいぶ良くなってきてて、ワイヤー程ではないんですけど、それに限りなく近くなってきてます」
ワイヤーに近いレスポンスで且つ電子制御という事は、できる事の幅が広がるという事なのだろうか?
「そうです、そうです。色んな事が出来たりします。アイドリングコントロールもこれ一つで出来るんで、余計な物が減ってスッキリさせられるって感じですね。ポルシェとかレクサスの電スロを使ったり色々流用する人もいるんですけど、うちはボッシュを使っています」
伝わりにくいかもしれないので極端な例えをすると、アクセルは少ししか踏んでいなくても、全開状態にできてしまうという事だ。
想定
マシンを観察しながら色々聞きたい気持ちと、どこから聞けば良いかという考えを巡らせているとムラセ氏が説明を続けてくれた。
「コア物はKOYOラジエターさんにサポートして頂いて造ってもらってます。ラジエーターは後ろですね。インタークーラーの下にあるのがオイルクーラーです。こういう競技なんで、なるべくフレームより前にコア物は置かないんですね。ぶつかったりした時にコア物が潰れて走れないっていう事がないように中へ中へって感じにしてます」
「あとは、最近のD1号っぽくウエストゲートがボンネットから出てたりとか。これは雨よけの蓋がついてますけど。あとミッションがサムソナスって所の6速シーケンシャル。ここ最近使ってる人が増えてきてるんですけど、試しで使ってて」
競技の世界になると、ただ速いだけでは勝てない。トラブルを想定し対応できるクルマ造りも必要になってくる。その上で進化し続けないと勝ち続けられない。
ドライアイス
「トランクもよくぶつかるんで、切ってパイプ構造になっています」
最近リア周りの改良をしたらしく詳しく聞かせてもらう。ウイングと一体になったトランクを外してもらうとラジエーターと複数のタンクが見える。
「これ、馬力あるんで燃料足りるようにってのと、加速Gで寄らないように一度小さいタンク(奥の四角いタンク)に貯めて、そっからエンジンに送ってるんですよ」
「汲み上げ用とエンジンに送る用って感じですね。それ(指さしている箇所)は戻ってきた燃料がエンジンの熱をもらって返ってくるんで冷やしています。燃料の温度が上がると沸騰して泡が立っちゃうんですよ、そうするとパーコレーションっていう症状出て燃料が薄くなっちゃうので、なるべくそういう状態にならないように燃料を冷やしています」
このタンクに直接ドライアイスや氷を入れてガソリンを冷やすそうだが、各会場に行く道中のコンビニで氷を買っていく事が多いそうだ。
燃料についてはガソリンだそうだが、ガソリンスタンドで入れるのではなくレース用のガソリンを使う。
「E85とかエタノールではなくて、ガソリンなんですけどスノコさんのレースガス。それを100%使ってます」
ガソリンの話が出てきたので、レーシングマシンの燃費を聞いてみたのだがリッターあたり、おおよそ700m〜800m程度らしい。
この燃費を考えると、レースもそうだがデモランにも相当費用がかかっているかと思うので、皆さんもどこかの会場で見たら感謝して見てほしい所である。
ブローバイ
話はトランクから、またエンジンルームに戻る。キャッチタンクの大きさとフィッティングホースが気になったので聞いてみた。
「排気量2000cc以上は3Lのタンクを付けなさいってルールがあって、それでこの大きいのを付けてます」
続いてフィッティングの話になるのだがこれが面白い。ヘッドカバーから出ているブローバイの取り出し口がフィッティングに変わっているのが分かるだろうか?
「よくあるのが溶接タイプなんですけど、これラジウムエンジニアリングっていう海外メーカーのなんですけど、プレスインのフィッティングなんですよ」
「純正のを引っこ抜いてこれを圧入して使うっていう感じなんで、例えばタペットカバー塗ってます、フィッティングにしたいですって時に普通だったら外して削って溶接して色を塗らないといけないんですけど、これだったら抜いて圧入すればいいんで、タペットが塗装してあっても付けれるし、最悪クルマに付いた状態で付ける事も出来るんで便利です。で、あと角度とかも自由に動かせるんです」
この圧入式は一般ユーザーに取り付けしてもらえるかと聞いた所、OKとの事でストリートシックのデモカーに取り付けてもらって後日レビューしたいと思う。
改めてヘッドからインジェクター周りを見ると、とにかく輝いて見えて本当にこれが限界走行をしている車両なのかと驚いてしまう。
「インジェクターはこれ1050cc。GCGさんで取り扱ってるインジェクターダイナミックスの1050。デリバリーパイプもプラズママン。サージとセットですね。プラズママンは正直重いんですけど、肉厚もあって割れないんでやっぱり割れないにこした事はないですね。なるべく現地で何もしたくないんです」
ダンパープーリー
写真では伝わりにくいかもしれないがタービンの側に見た事のない太さのフィッティングホースがあるが、これはどういう役割を持っているのだろうか?
「これは後ろにラジエーターがあるんで、そのホースです。あんまり見ないサイズなんですけどAN20っていうサイズですね。ちょうど純正の水の出口がここなんで、そこに溶接して」
「電動のウォーターポンプ使ってる方が多いんですけど、うちは純正のウォーターポンプを使ってます。電動は電動でいいんですよ、エンジンの抵抗が減ってその分エンジンのレスポンスが良くなるんで。でも、やっぱ水の最大の流れる量とかはこっちの方があるのと、電動はちょいちょいトラブるんですよ。ゴミ食って止まったりとか。これで水温全然問題ないんで、電動にする必要ないかなって事でこれ使ってます」
しかし、クルマを構成する部分一つ一つにノウハウを持っているのでムラセ氏の話は非常に興味深い。問いかけに対してプラスαの回答をくれる。
水回りの話を聞いているとメモリの付いたクランクプーリーも気になった。
「こいつはダンパープーリーって言って、エンジンの振動をある程度消してくれるんですよ。クランクの先端が振動するとそのすぐ後ろにオイルポンプがついているんで、それのトラブルとか、クランクのメタルのトラブルの原因になるんで、こいつがそういうのを吸収してくれるんでトラブル防止です」
「最近シルビアとかツアラーとかよく千切れるんで、これだったらよっぽど千切れる事はないんで。高くないですよ。競技用でエアコン付けれないと思ってる人が多いですけど、エアコン付きの設定もあるんで。エアコンもパワステも使えるんで。僕ら作業する側からするとメモリ付いてるのでバルタイ取るの楽なんですよね。メーカーはATIのスーパーダンパーです」
MCRに訪れるお客さんもよくここを壊していて、プーリーが駄目になってオイル漏れなどの症状が多発しているそうだ。
S15の純正新品より少し値は張るが、エンジンを壊してしまう事を考えると検討したいパーツだ。
意外な事
ここまで紹介した内容はストリートユーザーには、なかなか真似が出来ない物も多いが、足回りについて聞くと意外な回答に驚いてしまった。
「足回りはすべて皆さんが購入できるD-MAXの製品で構成されてます」
「よくスペシャルじゃないの?って言われるんですけど、車高調もD-MAXのレーシングスペックで、フロントは2jz載せてるんで重たい分スプリングのレート変えてるだけで、ショックはまるっと吊るしです。ナックルもD-MAXでロアアームもD-MAXで、これと言って特別な事はしてないです。ブレーキは32のタイプMのアルミのキャリパーですね。軽いんで。ドリフトなんで、そんなにごっついブレーキいらないんで」
なんと、D-MAXの車高調で吊るし。ブレーキに関してもストリートユーザーお馴染みの流用。アーム類もD-MAXの市販品。
もちろん本車両を操るのは超一流のドライバーだとしても、とんでもない速度で凄まじいスモークを炊きながらドリフトする車両の足回りが吊るし状態とは想像もつかなかった。
ナックルについてもスペシャルな加工はないそうだ。
「切れすぎると逆関節になるんですけど、そうなるとどうにもならないんで調整式のナックルストッパーで止めたり、左右差をキャスターとかトーで乗り味変えたりですね」
フェンダーと車高
インナーフェンダーを覗くと、ここはさすがにサイクルになっている。
「必要最小限のサイクルになってます。でっかいサイクルにするとサージタンクのスロットルが当たったりするんですよ。で、エンジンルームの色んな物に制限が出るんで必要最小限にしてます」
「車高は高いです。車高は乗り味で決めてますね。低い方が前荷重になりやすかったり、高い方が後ろにとか。接地感だったりをテストして決めてます。フロントは2jz載ってるんでD-MAXのバネを8kgから12kgに変えてます」
競技車両は前上がりが多いそうだが、これは沈み込んだ時にリアに荷重が乗りやすく、ドリフト中に前に進ませる為。いかにリアタイヤを地面に押さえつけるという所でこうしたセッティングになっているそうだ。
剛性
トラクションを稼ぐと考えた時には車高だけでなく、ボディ剛性も大きなポイントになると思うがその辺りはどう対策されているのだろうか?
「スポットがめちゃめちゃ打ってあるというのと、エンジンメンバーとかリアメンバーとかも補強して。車内のロールケージも溶接して。溶接じゃないといけないってそういうルールで。ガセットプレートでピラーを繋いだりして。これはストラット貫通って言って、ストラットとロールバーを繋いでるんです」
スポット溶接が至る所に施されてあり、ロールバーが室内から出てストラットに繋がれているのが分かる。ストラットから前をパイプ形状にしないのはクラッシュした際にストラットに影響を出さない為。
室内
室内はドンガラで補強が至る所に見られ、ラリーカーのようなセンターパネルがある。
「これがスイッチユニットで、裏にリレーとヒューズが付いてる本体がいて、このスイッチをONにするとリレーがONになって各部に電気がいくようになってます。車体の電気関係をこれで制御してます」
「エンジンを掛ける操作と、運転中に水温とか油温を下げる為の水を吹くスプレーのスイッチとか、ヘッドライトとか。ハザードとウインカーだけ別スイッチなんですけど」
いかにも“仕事場”という感じだが、この無骨な室内にワクワクしてしまう。配線は一見すると乱雑に見えるが、よく観察するとシンプルで分かりやすく、長さを見ても無駄がない。
おそらくだが電気系のトラブル回避、メンテナンスを考えて設計されているようだ。こういった細かい要素の一つ一つが完成度を高めている。
メリット
聞き逃した所はないかと、車両を見回していた所「そういえば、このデフ知ってます?」と話してくれた。リアの下周りを覗くと見慣れない形状のデフ。
「あんなデフが付いてます。シッキーって書いてあるやつです。これ、ギアが2つ入ってるんですよ。上の段、下の段で」
「よくファイナルギア交換するってデフごと変えるじゃないですか、これはカバーを外してギア交換するだけでファイナル変えられるんですよ。で、リングギアがごついので1000馬力とかでもクラッチをバンバン蹴っても壊れないんですよ。で、ATSさんにサポートしてもらってて、これ用のLSDを付けてます。ただ、これ使うってなるとメンバー加工してプロペラシャフト造ってって感じなんで、けっこうな大改造しないといけないんですけど」
「僕ら2〜4.いくつのファイナル全部あるんですけど、それを全部新品のLSD組んだデフで揃えるって考えたらこっちの方が安いです」
「あと、現地の作業時間です。練習走行で30分あって2周走って違うってなったら、普通なら練習走行中にデフ変えて、もう一回行ってこいってできないんですけど、これだとカバー外して横からオイル入れて、まぁ、5分とかあれば変えれるんで、貴重な練習時間の中で交換できるんで僕らにとってはすごいメリットなんです」
ウインターズパフォーマンスというメーカーの製品をベースに、シッキーマニュファクチャリングというメーカーが中身を強化した強化品を出しているというマニアックな代物。
取り付けもかなりの加工が必要で高価なそうだが、それを考えてもメリットの方が大きいそうだ。
進化
本機の気になる馬力だが、一般的なローラーに載せて900馬力あるかないかくらいだそうで、これをHKSの金プロ4.0で制御している。ブーストは掛ける時で2キロ程度。
一通り話を聞くと各所にノウハウが詰まっていて熟成されているように感じるが、今後も進化を続けていく様子だ。
「欲をいうと、タービンの新しいシリーズが出てきたんで。今までのイメージだとターボってパワー出すと、下が無くなって上が回るってイメージなんですけど、そこも日々進化しててコンパクトで下も上も回るってG40ってシリーズ出るんですけど。欲を言えば変えたいなって感じです。やっぱりパワーがあればある程、勝負の面で有利なんで、もうちょっと上げたいなって思ってます」
常に最先端のテクノロジーを取り入れ、レースで結果を残し、それをD-MAX製品にフィードバックさせている。
彼らは表舞台の裏でも活動をしていて、地道なテストや研究が行われている。ほんの少しだがその様子に触れる事ができた。
積み重ね
今回の取材を通して感じた事。まずはD-MAX4号機だが “エンジンには夢があり、足回りは身近な存在”だった。
もちろんストリートユーザーには真似の出来ない所も多いが学ぶ所もまた多い。
そして当然かもしれないがレースの世界では、チーム力が大きな力を発揮するのであろう、メカニックの重要性も感じ取る事ができた。優れたドライバーと優れたメカニック、そしてそれを取り巻く潤沢な環境が揃わないと勝ち続ける事は不可能なのだろう。
これらを考えるとメカニックの知識やスキルは大きな武器であり財産である。
ドライバー同様、メカニックも授業を受けたらなれるような物ではなく最終的には積み重ねてきた経験や自主的活動が実を結ぶ。そうした過程を乗り越えてきた人物の話は非常に面白い。
最後にムラセ氏に、どうしたらそんなに詳しくなれるのか素朴な質問をした。
「もちろんレースを通じてっていうのもあるんですけど、暇があればネットでパーツ調べたりですかね。あとは諸先輩方ですね。先輩方に知識のある人がいっぱいいるんで会ったら情報交換して。これいいよとか、こっちよりこっちの方が安いからいいよとか。常に教えてもらったりしてますね」