生粋のドリフト好きだった島野さんが、次のマシンに選んだマシンは高級感あるゼロクラ。
ドリフトとはおよそ無縁と思われるラグジュアリーな装いながら、アスファルトを掻きながら白煙を上げる姿を見た人は驚くだろう。
しかし、この重量級ボディを横に向けるのは、簡単にはいかないようだ。
理由
元々、大会志向だった島野さんは、180sx、シルビアと乗り継いで、JZX100で数々の大会やイベントに出てアクティブな活動をしていた。
それは、大会で結果を残したいという想いもあるが、根底には、単純に走るのが好きというシンプルな衝動に駆られているようでもあった。
単純に結果を残そうと思うと、やはりコンパクトFRの方が何かと有利だと思うが、どうしてクラウンという車両を選んだのだろうか?
「自分が乗ってた100のマークⅡは、全然パワーが出てなくて、それこそ350馬力くらいで乗ってて。エンジンも20万キロ走ってたし。例えば、タービン変えましたってなると、それに伴ってクラッチはシングルからツインにしましょうとか、パワー上げたりするとミッションも飛んだりするから、ゲトラグにしましょうとかってなってくるんですね」
「1つやろうとすると、あれもこれもってなっちゃう。クラウンは、もう2JZ載っかってて。ドリフトできる状態にするだけで済むなと思ったんです。ただ、デフも入ってなかったし、ラジエターも純正で。けど、ね。マークⅡを色々やるより、デフとラジエター入れるぐらいの方が手間もかからないし、お金もかからないんで(笑)その道を選んだんです」
それは決してネガティブな選択ではなく、様々な想いから来るポジティブな選択だった。その理由はこれから説明したいと思う。
出会い
長く乗った。あるいは、乗り続けているクルマとの出会いは印象的だ。
筆者も過去を振り返ると、どんなに時が経っても愛車と呼べるクルマとの初めての出会いは、未だ鮮明だ。
島野さんも、度重なるトラブルと止まないチューニングループにハマり嫌気がさしていた時に、N-STYLEに眠っていたクラウンと出会う。
その頃クラウンは、VIPのショーカーでゴールドとホワイトのツートーンという仕様。しかし、中身はスープラのようで、2JZへの載せ替えとMT化(80スープラの純正ゲトラグ6F)されていた。
「本当に勝負に出ようと思ったら、このエンジンとミッションを軽いクルマに載せたほうがいいと思うんですよ。でも、完璧に出来上がってたんで、これ仕上げて走らせようって」
熱心にその時の事を話す様子を見て、きっと長く乗るクルマになるのかもしれないと考えていた。
N−STYLE CUSTOMの長浜さんは、ショーアップとしてアリストから2JZを抜いてきてオーバーホールした後、タービンもオーバーホールしてクラウンに載せていた。
そして、本マシンはオーバーホール後、1万キロ程度しか走っていない程度の良さで、島野さんと出会う事になる。
取材中に長浜さんと話していると「カッコいいな、売らなきゃよかった(笑)でも、この仕様にしたのはあいつのセンスなんすよ」と話していた。
パワーがあれば良いって訳じゃない
頑丈でパワフルな2JZの載せ替えは、昨今のドリフトシーンでは珍しくないのかもしれない。
しかし、MAX550馬力を叩き出すパワフルな心臓は、それだけで有利になるかと思う。ドリドレで派手に白煙上げて横向けていたが、やりやすいかとの問いに、意外な答えが返ってきた。
「やりにくいですね。そういう風に魅せるような走りをしようと頑張ってますけど。前に乗ってたマークⅡと比べるとやりにくい。まぁ、そう思ってくれたらオレの勝ちですね(笑)そう思ってもらえるのが一番最高です(笑)」
「自分からすると乗ってみ、できないからって感じなんですよ。本当にもう、難しいんで。クラウンでも出来るってだって思ってもらえればヨッシャ!って感じです」
それは、どのように難しいのだろうか?パワーで押し切れるイメージがあるが。
「反応も遅れるし、向きが変わった時の勢いとかも、軽いクルマに慣れちゃってると、その勢いでの飛び方も違うんですよ。同じ車速でも横向いた時の勢いが違いますね」
「それこそ、晴れてる日にブレーキ踏むのと、雪の日にブレーキ踏むのと同じくらい違いますね。重いので止まらない?サーと流れて行っちゃうような感じですね」
「よく言われるんですけど、重くてもパワーがあるから楽とかって訳じゃないですよね。重さは本当に致命的ですね」
長浜さん曰く、215と265くらいの違いがあるのではないかとの事。同じ車速でも、215で出来る動きと、265での動きは異なる。
クラウンでドリフトするには
では、ドリフトしやすいゼロクラにするには、どういった工夫が必要なのだろうか?島野さんなりに感じた事を教えてもらった。
「まぁ、本当に乗りやすくて、扱いやすくするとしたら、まずは軽量化ですよね。軽くすると、かなり楽になると思うので」
軽量化という課題が見えていて、本マシンはフル装備に見えるが何か理由があるのだろうか?
「たぶん、クラウンでエンジン載せ替えて、ドリフトする為だけの仕様って考えると、そこまで難しくはないと思うんです。でも、このクルマは、エンジンを載せ替えても、エアコンとか純正のマルチモニターが使えるようになってるんで、そこは活かしたくて。マルチを取っ払ったり、椅子外したり、内装どんどん剥がしていけば、すごく軽くなると思います」
クラウンの場合、このマルチモニターに関係するユニットがトランク内にあったり、内装もしっかりしているので、それだけで結構な重さになっているらしい。
CAN通信の弊害
CAN通信搭載車で、エンジンを載せ替えるのは苦労があるそうだ。その時の様子を長浜さんに教えてもらった。
「このクルマは、CAN通信で制御されてて、違うエンジン載せると、コンピューターが解読できないから、パワステも電動だし動かなくなるんですよ」
「これは、マルチとかエアコンも全部動くようにコンピューターを解読してあるんすね。結局ガソリンタンクの制御も、ただ燃料ポンプ入れたらいいってだけじゃなくて、エンストしないように工夫してあったり。この型のクラウンは何かしようと思うと何かが動かなくなる。電子制御されてるので、諦めるか解読するしかないんすよね」
つまり、載せ替えだけでなく、コンピューター制御も2JZ用に変更したといった所だろうか。そこまで手が込んでいるだけに、あえて軽量化は行わず、セッティングで勝負したようだ。
オリジナルナックル
326パワーの車高調(バネレートF:36kg、R:14kg)に、社外のアッパーアーム。そして、島野さんが造ったオリジナルブランドの島野商店、切れ角アップナックル。
デフやファイナル変更もそうだが、車高の設定やキレ角アップの煮詰め作業も欠かせない。
「ここまで切れないと、ああいう走りができないんです。よく言うパワーが出てるからドリフトできちゃうんでしょ?っていうのは大間違いで、何だろうな、シルビアとかで例えると、人が8人乗ってるような感じですね(笑)ほんと、止まんないですよね。コースによっては、その差がすごく出ますね。軽さがモロに出るんで」
しかし、これまで培ってきたスキルと、重量対策のセットアップで、とてもそんな苦労が見えない、白煙を焚く迫力のある走りを見せてくれる。
ドレスアップ要素
さて、ゼロクラの走りについて説明してきたが、本マシンのドレスアップ要素も拾ってみたい。
まずは、購入してからオールペンした三菱アイの純正メタリック。
「前に乗ってたマークⅡが、シャンパンゴールドだったんですよ。自分の中でベースはゴールド系にするって決めてて、これにするか最後の最後まですっごい悩んで、こっちにしたんですよ」
そして、VIP系メーカー、K-BREAKのフルエアロ。走る際は、違うエアロを付けるらしいが、ボディカラーとのマッチングが素晴らしい。
バンパーには、レクサスのフォグを加工してインストール。アイライン、グリルとフロント周りは派手過ぎずシックな仕上がりになっている。
サイドと足元
サイドから眺めると、N−STYLEの汎用オーバーフェンダーにWORKエモーション、T7R-2Pの18インチを飲ませている。
サイズはF:11j-19、R:12.5j-5と重量級ならではのサイズ。タイヤはF:255/35、R:315/30。
ちなみに、ドリフトをする際は、リアのホイールを変更しタイヤは、265/35のアクセラを履かせている。
キャンバーはフロント5°、リア0.5°とフロントを寝かすスタイルが好きなそうだ。
車高は低いとは言えないが、トータルで見た時にバランスが取れていて“クルマに合っている”と思うのは筆者だけではないだろう。
ドリドレは、車高が低くないと駄目という印象を持っているかも知れないが、トータルバランスが重要である事を再確認できる。
ウインカー付きのドアミラーは交換タイプで、配線はドア内を通して、エンジンルームに向かっている。
オールペン時にコストがかさむドア内は、自分で塗ったそうだ。
リア周り
リア周りは、寒冷地仕様のテールにリアスポイラー、ドルフィンテールのマフラーと、クラウンという素材を活かしたカスタムになっていて、このまま街中を走っていても“何かが違うクラウン”として見られるであろう。
アーバンテイストに仕上がっているクラウンが、サーキットで白煙を上げるドリ車だとは想像できないのではないだろうか?
そういった意外性も好感が持てる。
室内
室内はクラウンならではのラグジュアリー感を残しつつ、バケットも雰囲気を壊さない革張りのレカロをチョイス。
購入当時からMT化されていたものの、ドリフトをする際にサイドのレバーが体に干渉する為、レバーの位置はずらしたそうだ。
ドリ車仕様とはいえ、やはりクラウンの乗り心地は良いらしく、普段使いもできそうだ。
ドリ車で定番のステッカーチューンだが、ステッカー1つでクルマの印象をガラリと変えてしまう。そうした重要性を理解した上で、極力見えない場所に貼る事で、クラウンという素材の良さを保っている。
原点回帰
「最強なプライベーターみたいになりたいなと思ってます」
大会にも出場し、がむしゃらに走り続けきた中で、生まれた一つの変化。その選択は楽しむという事。
また、プライベーターで名を馳せたいという目標もできた。
もしかして、クラウンに積まれていたエンジンとミッションをコンパクトFRに積んで大会に参加し続ければ、違う景色が見れたかも知れない。
しかし、ドリドレで見せてくれたパフォーマンス。ゼロクラと2JZという組み合わせは、少なくとも筆者の記憶に残っている。
ドリフトにおいては、大会で結果を残そうとストイックに戦う人、ドリフトの原点である“楽しさ・自由・派手”な所を追い求める人もいる。
そこには優劣も良し悪しもなく、すべては自由意志の元にある。
島野さんから送られてきたメッセージに、こんな文章があった。それは等身大の言葉であり、本取材のすべてを集約していると思う。
「やっぱ、ドリフトはパフォーマンス。ギャラリーの記憶に残る走りを目指しつつ、こっそり結果も求めます」