カスタムカーにどっぷりと浸かっている方なら知っているかと思うが、カスタムカーのシーンにはシーンを支える“ビルダー”というキーパーソン達が存在する。
日本のカスタムバイクビルダーといえば世界的にも有名であるが、カスタムカービルダーも注目すべきだろう。
本日は、東北地方で注目されているWILDLINE佐久間氏のクルマ造りにフォーカスしたいと思う。
カスタムカービルダーとは
カスタムカービルダーといっても、専業の人もいれば趣味で本業の合間に制作する人、またはプライベーターなど様々。
カスタムカービルダーが手掛ける車両には大なり小なり、その人の考え方、趣味趣向といった特徴が見られ、カーショーなどに通って観察していくと、車両を見ただけで「このクルマはあの人が造った?」という感じで分かるようになる。
日本のシーンでは、派手なアプローチや話題性が注目されやすかったが、最近では美しさやセンスを感じさせるバランスの取れた車両も注目されるようになってきている。
また装着しているパーツの銘柄や販売時期、生産国。フィットメントやフェンダーなども重要視されるようになり、よりマニア目線になってきたとも言えるだろう。
WILDLINE
「僕のコンセプトが、普段乗れないと意味がないというのがあって。どちらかというとカスタムカーと付き合っていくスタイルですね」
ワイルドラインの佐久間氏は、本業の合間にショーカーやカスタムカーを制作しているが、基本的には一見さんお断りのスタイルで公認を取って渡している。
「最近はフェンダーをやりたい人も多くて、そうなると車検も含めてフル公認でって感じがほとんどですね」
今回紹介するV36スカイラインについては完全にショーカーで、普段は走行に関する足回りの加工などについては基本的に受け付けていない。
広がり
佐久間氏が手掛ける車両は国産、ユーロと幅が広い。お店は今年で15年目で2015年あたりから気がつけばショーカー制作もやるようになっていたらしい。
それまではドリフトに没頭していて、主にドリ車を扱っていたそうだ。
「W203のCクラスのベンツ。が始まりだったんで、だいたいアレを見て。それでどんどん繋がってみたいな。頼まれればFRPも造ったりするんですけど、ベンツは鉄板溶接ですね」
本人も置きのクルマを手掛けるとは思ってなかったらしいが、ちょっとしたキッカケがあり活動範囲が広がっていく。
「やってみると置きも面白くて」
置きと走るクルマは別物と思っている人もいるかもしれないが、そこにある知識やノウハウは共通している事が多い。ドリドレやフェンダリストを見ていると両立させているツワモノも多くなってきている。
役割
「理想と現実の幅を縮めていくのが仕事と思ってます」
カスタムカービルダーとしての言葉を聞いた。
これに共感できる方は何らかのカスタムに関わった事があると思うが、カスタムカー制作はオーナーの頭の中のイメージを実物に落とし込んでいかないといけない。
考察していくとそこには資金、時間、クルマの状態など様々な物理的制約があり、これをいかに料理するかがビルダーとしてのスキルの一つだったりもする。依頼を受けて作業をしてくれるだけの人と考えているなら、それは間違いだろう。
ワイルドラインでのフェンダー制作工程は、ホイール、車高、キャンバーを決めてアライメントを取った上でアーチ上げ、そこからインナーフェンダーを造り、最後に外側のフェンダー制作になる。
V36のやったメニューはフェンダー制作、エアサス取り付け、セッティング、メンバー上げ、バンパーニコイチ。
フェンダーは既製品を使わず、鉄板溶接で耳まで造ったゼロベースの手作り品になる。
物理的制約
V36スカイラインというと純正でボディラインの完成度が高く、どちらかというとメスを入れるのが難しい部類の車両だ。下記のリメイク前の写真を見ると何となく伝わるだろう。
オーナーの要望としては「なるべく純正っぽく、USVIPを意識して」といった物。加えて「サイドステップは付けたくない、タイヤを魅せたい」との事なので、エアサスで下げた時の姿も想像しながら物理的な問題も処理していくパズルのような作業が要求された。
フェンダーにおいての物理的制約は、4ドアという事。そしてフェンダーの面積に対してバンパーの面積が広く、フロントはタイヤハウスからヘッドライトが近い。
実際に作業に取り掛かろうと思うと、この時点で難易度が高いと思うが佐久間氏は次のように課題をクリアしている。
フロントフェンダーは極力自然な形状を心掛け、バンパー部分をPP樹脂で加工してタイヤが見えるように曲線を付けて処理。
フロントバンパーはフーガのバンパーとニコイチ。フーガのバンパーを使えばフォグランプも使えて違和感ないフェイスを表現できるそうだ。
リアはドアノブ下あたりにリアバンパーへ続くプレスラインが入っており、これを崩す事なくドア、ドア内、フェンダー、リアバンパーをカットし鉄板とPP樹脂で制作している。
さらにUSVIPを意識したアプローチとして灯火類はUS化。
メンバー上げ
足回りの変更箇所はエアサス、マネジメントがAirLift。フロントはショートナックルにメーガンのアッパー。リアはアッパーとトーコン。
ホイールはWORK GNOSIS CVX。サイズは[F]10.5j-42、[R]12j-61の19インチ。タイヤはフロントがPinsoで235/35-19、リアがATR SPORTで275/30-19。
フェンダーの出幅はフロントが40mm、リアが80mm。キャンバーはフロントが9.75°、リアが11°。フィットメントは前後ビードフラッシュ(FIXWELL参照)。
「オーナーがサイドを付けたくないって事だったんで、メンバーを加工して。エアサスなんですけど、そのままだとここまで下がらないですね」
ショーカーという事でメンバー加工を行うが、走れるように強度も考えて制作している。
「メンバーは元々上げ幅がなかったので。普通だとメンバー自体を加工すると思うんですけど、強度の事も考えてフレームの取り付け部分を加工しました」
こうした加工によりエアロレスであっても腹下着地が実現した。
WILDLINEのクルマ造り
「激しい部分をオブラートで包むって感じですかね、どのジャンルを触る時も心掛けてます」
この言葉の意味はV36のディティールを追っていけば分かるだろう。手数も多く、やった内容を見れば派手なアプローチなはずだが完成した姿は純正らしさを損なわないカスタムになっている。
「下までズドーンと行ってタイヤが見える。フェンダーは絞りが大事ですね」
フェンダーは裾に至るまでの絞りで個性が出る。これはフェンダリストカタログでも書かれていたが、フェンダーを造るなら避けては通れない部分だろう。
ここの処理の仕方によって見た目も随分と変わるし、ジャンルによってアプローチが違っていたりするので機会があれば調べてみると良いかもしれない。
このV36やフェンダリストカタログ Vol.02の表紙になったシルビアS15もそうだが、ワイルドラインが手掛けたと聞けば「なるほど」と共通した部分が見つかる。特にアーチトップから一直線に純正位置付近まで絞るフェンダーのラインは特徴的だ。
「フェンダーは鉄板で耳まで造ってますね。仕上げはパテで成形なんですけど、板金パテではなくてスムージングパテってあるんですよね。ボンドみたいで密着性がよくて軽くて痩せにくいんですよ。これを最終仕上げの前にやってます」
「フェンダーの形は、わりと前に乗ってたW203のベンツを見て、ああいう感じでってオーダーが多いですね」
オーナーとしてやるべき事
「自分が思い描くUSVIPは、大口径ホイール、深リム、エアサス、オーバーフェンダーが条件で。内巻きのエアロを最大限に活かしてタイヤを見せて、足回りにインパクトを出すのにも必要と考えてて。エアロはあまり好きではないのでサイドはベースグレードのまま」
話を聞く限りオーナーのYさんはこういったカスタムの指針がはっきりしていて、こだわりや要望がスムーズに佐久間氏に伝わったようだ。
「今回のリメイクにあたり、佐久間さんとはお金で買えない物を築けたと思います。人と店ではなく、人と人のやり取りが出来るからこその作品です」
有名なショップ、カスタムカービルダーと言っても何でもできる訳ではないし、すべての仕事がオーナーの意図通りに出来るとは限らない。チューニングにしてもそうだが、これからカスタムやチューニングしたいと考えている方は覚えておいてほしい。感覚的には“サービス”ではなく“一緒に造るアート”といった感じだろうか。
お任せというスタイルなら話は別だが、自分の中にイメージや好みが少しでもあるのであれば、先方に伝えて理解してもらうのがオーナーとしてやるべき事だろう。
例えばサンプルの写真を見せて説明する。自分の理想像となるデモカーを持っているショップに依頼する。きっちりと説明して理解してもらうなど必要最低限な努力は絶対に必要になってくる。
また予算や物理的制約があった時には解決策や妥協点を考えておくと良いだろう。これを怠って違う物が出来てしまってもそれは自己責任だ。
表現
佐久間氏に完成後の感想を聞くと、オーダーを受けた際は少し不安もあったそうだが、出来上がってみれば自分が乗ってもカッコいいと思えるクルマ造りができたそうだ。
「純正っぽく?全体的に前、後ろから見ても違和感なく造るのが難しいですね。でも、ボディキットでは出せない個性かなと」
昔に比べるとベース車両もパーツも選択肢が増えて、ジャンルも細分化されている。これはネットの普及による恩恵でもあるが、その一方で情報社会がゆえに新しい表現を生みだす事に欠けているのではないかという懸念の声も聞く。
「新しい事、発想?そういう車が出てきたら嬉しいかな。あとは、バランスですかね。フェンダーは幅を出そうが出すまいが」
理想の姿を追求する為に依頼するならオーナーとビルダーが同じ目線で意識共有をしないといけない。
カスタムカービルダーの立場になって考えてみると、非常に繊細な仕事であって依頼者から大きな期待を受ける大変な仕事だ。人と人がゆえに合う合わないもあるだろう。
では、自分にとって良いビルダーとは?と考えるなら、それはどういった人物なのだろうか?有名?技術力が高い?一ユーザーとして感じるのは、理解し合える関係はもちろんの事、佐久間氏のように“クルマと向き合ってくれるビルダー”は良い結果を出してくれるように思う。
「オーナーの頭の世界を表現をするじゃないですけど、今回はそれがわりとできたんですかね。僕がカッコいいだけじゃ駄目だし。終わって理想通りでしたって言われると嬉しいですよね。結局、この仕事って人とのやりとりが面白いですね」