“シャー”というポルシェを洗い流す音に無心になっていた。
寒くはあるが日差しが心地よい朝で、田口氏がクルマを洗い終わるまで、交わした会話の内容は覚えていない。只々ポルシェの流線美、パンデムの造形美、ホイール、タイヤを眺めていた。
選択
田口氏は群馬のFIRSTCLASSの店長で、20代にして数々のショウカーを手掛けるクラフトマンであり、#LOWRESSのメンバー。
洗い流して拭き上げたポルシェを見て、カスタムカーのベースにケイマンSを選んだ理由に興味がわく。
「周りにZが多かったので、人と被らないクルマ?という所でポルシェ。で、自分の中でパンデム以外の選択肢はなくて、パンデムにポルシェっていう形が面白いかなって。これパンデムのVer2ってキットなんですよ。Ver1も元々付けてたんですけど、Ver2が発表されるって話になって一番最初に付けてバーンとやっちゃおうかなと。それが今の形ですね」
Ver1の時はAUTO SALONに出展し、その3ヶ月後にVer2を装着する。
バックボーン
18歳でVIP界に飛び込み、後にZ33を手に入れ数々のメディアを沸かせたり、幅広いコネクションは海外にまで及ぶ。
いつ会っても全力で何かに取り組んでいて、造り出す車両はハイクオリティだ。
洗車が終わったようなので、取材をする為に移動する事になった。
印象
主観だが“フルパンデム”というスタイルは、ポルシェの意思を引き継いでいると感じる。
どこに置いても視線は集まり、通りがかった人が見に来る。そんなクルマだ。
国産と比べてポルシェという選択が乗り手にどのような印象を持たせるのか聞いていきたい。
まずはメンテナンスから。
「故障は少ないと思いますね。仕事柄BMW、Audi、ベンツとかも扱うんですけど一番ポルシェが楽かもしれませんね。完成されてるというか」
「作業スペースは狭いですね、エンジンはハッチあけたままトランクに乗ってやる感じです。壊れたっていってもラジエーターのヒーターホースがやぶれたくらい」
「純正パーツもポルシェだから特別っていうのはなくて、感覚的にはAudi、BMWと同じくらいの金額帯ですかね」
Cayman
とてもじゃないが、歴史のあるポルシェを語れる程、見識を持ち合わせていない。
空冷、RRの911といった伝統的なキーワードは置いておき、MRのケイマンの走りについて聞いたみたい。
「安定してますね、高速でのスラロームとかもすごいやりやすいし。直線も伸びますしね。何よりも音がすごいんですよね、六発の音がすごく良くて。エンジンが前になくて、シャフトが下に通ってないので車内に音がこもらないんですよ。だから音が大きくても気持ちよく乗れるっていうのが魅力的ですよね」
「ポルシェって本当に重量バランスがすごい工夫されていて、エンジンMRで後方にありますけど、シートとか燃料タンクとか重い物をなるべく前にしてあるんですよね。だから安定してるんですけど、燃料が満タンの時とカラカラの時の安定感は少し違ってるかもしれないですね」
“良く出来ているが、どこか無骨な部分も残っている”
これも主観だが、走りを楽しむ人達を魅了するのは、こうした味付けが必要ではないだろうか?
ローダウン
キャビンの形状、ドアを締める音。それだけで剛性の高さが伺える。そして良く動く足、これらはトラクションを稼ぎ、路面のインフォメーションを確実に乗り手に伝える。
この完成されたポルシェというクルマをローダウンするには、どんな苦労があったのか。
「とにかく落ちない。で、フロントもそうなんですけど、リアは落としてるとですね、まずマフラーがドライブシャフトに当たる。だからマフラーをワンオフで上にあげて。マフラーのパイプをU字みたいにして逃げを造ってあげて」
「あと、下げていくとストローク量が無くなるけど、自分の中でストローク量は多く持たせたいってポリシーがあって、なのでシャコタンでもロングショックを使う事が多いんですね。走れるように。全長式なのでショックを短くすればその分落ちるんですけど、それだと駄目なんですよ」
「ただ、ロングショックで落としていくと、ナックルの近くにショックがどんどん入っていくじゃないですか?そうするとナックルの下にドライブシャフトが通ってるわけですよ、だからショックがドライブシャフトに当たるんですよね。なので、これ以上下げるとクリアランス不足の問題が起こるんです」
ちなみに前後ヘルパーも組んで伸び幅も確保してるそうだ。
下げてもストロークは確保する。こうしたクラフトワークが乗り心地と走る楽しさを犠牲にしない。
実際に乗せてもらったが言葉通りだった。
#LOWRESS
話はそれてしまうが、日本発のチームとして世界進出も果たしている#LOWRESSの話になった。
「群馬の5人で始めて、最初からの目標なんですけど日本でまず有名になる事。あと海外チームへの憧れ?を日本チームでも憧れてもらえるような存在になる事ですね。今は海外にもメンバーがいてチリ、ロサンゼルス、テキサス、カナダ、香港にいてますね。全部で40人ですね」
昨今、海外のトレンドに左右されるカスタムシーンだが、海外の良い所は取り入れながらも自分達のアイデンティティを日本から発信し続ける姿勢には共感できる。
これからが楽しみなチームだ。
タイヤを魅せる
足元を見れば、大口径のホイールとタイヤに視線を奪われる。
ショルダー合わせのツラとキャンバーによるセッティングが魅せてくれるのだろう。
「日本だと過度なキャンバーと過度なシャコタンっていうのが評価される風潮があると思うんですけど、自分は海外に行って現地の人と話したり、向こうで見てきた経験から直立な?キャンバーなしでのシャコタン。それも程良いシャコタンっていうのが綺麗なんだよっていうのを出していきたいなっていうのがあって。タイヤを魅せて、車高も下げ過ぎない、キャンバーも付けないシャコタンっていうのを、ある種のジャンルとして日本で造りたいなというのがあったんですよね」
ショルダーフラッシュ
この話から続く苦労話。
「でも、昔はやっぱり過度なキャンバー、過度なシャコタンっていうのを僕もやってたんですよね(笑)その時はフェンダーをリムで合わせれば良かったんです。でも、これみたいにタイヤのショルダーで合わせるってなると、すごい奥が深くって」
「タイヤメーカーによって同じ幅なのに履かせてみたら幅が全然違うっていうのが結構あって。例えば、これはTOYO TIRESの295/30-19なんですけど、他のメーカーの同じサイズを履かせたら全然ビードが届かない事があるんで、そのへんもタイヤの特性とかを理解して、ショルダーの丸みを分かってないとタイヤで魅せるツライチ?っていうのは難しいと思いますね」
SEMA SHOWではショルダーでツラを合わせるショルダーフラッシュが多いらしいが、フェンダリストでも見る事ができた。今後国内でもタイヤを魅せるセットアップというのは増えてくるのではないだろうか?
「このクルマで一番見て欲しいのはタイヤなんですよね、あとホイール。WORKの設定でブラッシュドってフィニッシュって基本ないんですよね。でもWORKさんにお願いしてブラッシュドかけてもらったんです。で、ポルシェってホイールはナットじゃなくてボルトじゃないですか?でもこれはナットに変更してます。ハブ側にボルトを打ち込んでナットに変更してるんですよ。欧州車って普通はボルトなんですけど、国産と同じでハブからボルトが出てます。ナットを付けたい為だけに(笑)」
「このクルマのボルトって13Rの球面座なんですよ。頭が丸いんです。ですけどナットにするんで、ホイールの穴の取り付け座面を60°テーパーに変更してもらうようにオーダーして社外のナットを付けられるようにしてるんですね。で、レーシーな感じを出す為に穴あきのレーシングナットにしてます」
PANDEM
仕事でもプライベートでも鉄板フェンダーからはじまりパンデム、ロケバニはかなりの数を扱ってきたという田口氏に、これらの製品についてレクチャーしてもらった。
「ロケットバニーはオーバーフェンダー、パンデムはブリスターフェンダーっていう括りになってます。だから同じ車種でロケットバニーとパンデムを見比べてもらうとロケットバニーは少し丸みを帯びててオーバーフェンダーなんですけど、パンデムはブリスター形状で範囲が広いと思うので、そこを見てもらえば分かると思います」
ポルシェは前後バンパー、フェンダー、リアウイングまでパンデム。取り付けにあたり、フェンダーはアーチ上げが必要なのだろうか。
「前後共必要ですね。リアは溶接してって処理してますね。リアのフェンダーアーチは50mmオーバーで、インナーはストロークの事を考えて切って100mmオーバー上げてますね。一回切って溶接してパネルボンドとシーリングで処理ですよね」
特徴
ショルダーでツラを出してるとはいえ、間近で見るとストロークした際にフェンダーのエッジにヒットしないのか疑問を持ってしまう。
「そこも良く考えられていて、これはフェンダーアーチの少し手前が高くなってるんですよね。で、ストロークしてもBOXフェンダーになってるんでタイヤが当たらないように出来てるんです」
それは取り付ける位置の微妙な変化によっても変わる事はないのだろうか?
「ボディラインに合わせて完全に計算されて造られてるんで、取り付け位置が付くようにしか付かないと言うか、本当にココだっていうジャストのポイントがあるんで、そこに付ける感じですね」
また下げる事を前提としている為、パンデムのアーチは高く設定されている。取り付けやホイール、タイヤサイズなどセッティングが出れば、本ポルシェのような完成度を演出できるだろう。
世界的なヒットを生み、一つのジャンルを築いたパンデム、ロケバニ。そのスタイリングにフォーカスされがちだが、こうした説明を聞くと下げる事、走る事を考慮した機能美も持つ事が分かる。
概要
ボディはTOYOTAのスーパーホワイトにオールペン。フルパンデムにウイングの翼端板はカーボンに変更。
色使いはBLACK&WHITEで統一。ステッカーも同じサイズと色で作り直し、リアガラスの中央にまとめている。色も絞り、細かな要素も徹底してまとめているのが分かる。
室内はカーボンで出来ているパンデムのフルバケが2脚。ルーフ、ピラーはアルカンターラで張替え。LIKEWISEのシフトにダブルステッチのシフトブーツとロールケージはワンオフ。
ステアリングはRENOWN、オーディオはKICKER。
トランクには機械式のロベルタカップ。奥がタンクで、手前がコンプレッサーになっている。ボンネット前のダクトは911GT3を意識してワンオフしたそうだ。
ホイールはWORK MEISTER M1[F]19×10.5J−6 [R]19×12j−63。タイヤはTOYO TIRES R888R [F]265/30-19 [R]295/30-19。
手法
田口氏のクルマ造りは大胆かと思えば繊細に造り込んである箇所もありダイナミクスを感じる。
また方針は“足し算”だが、ガチャガチャしたような印象はまるでない。
「何を足すか、何を引くかが重要なんで。足していってもカッコいいクルマは出来るし、引いていっても出来ますよね。何をどうしたって意味が大切なんじゃないかなってとこですよね」
造り手としてエゴはあるのだろうか?
「うーん。エゴじゃないですけど、トータルなんです。シートもフルバケでシートベルトもレーシングハーネス付けて、ロールケージも入れてっていうのも全部タイヤから始まってて」
「結局トータルで見た時に、そういう所に抜けがあると、こんな太いR888R履いてるのに内装はノーマルなの?っていう所に繋がらないように、一貫性を持って抜かりなくやってるっていうのは全てにおいてありますね。イベントに行く道中も、気持ちよく踏んでるなっていう印象も、見てもらったら繋がるかなっていうのもありますしね」
ナット、翼端板のカーボン、消化器など細かい所も実際に走れるシャコタン、レーシーな演出の為という。
可能性
吹き付ける風が強くなり、そろそろショップに戻ろうかと考えてた時に交わした会話。
お店を切り盛りしながら、プライベートでもクルマを造ったり、海外に行ったり、チームの活動をしたり。こうしたアクションには何らかの意図があるのだろうか?
「楽しいからですね。すべてにおいて。やっぱりそこはありますよね。勿論、会社の利益は大事ですけど、お客さんに喜んでもらえるのもそうですし、自分でやってて楽しいです。とにかく。嫌だったらやらないし。好きだからやれてるって所はありますね」
加えて“人を驚かせるようなクルマを造り続けたい”とも語る。
その先には何が見えてるのだろうか?
「僕の中で、着地点っていうのはなくて。スーパーカーとか高級車に乗りたいっていうんじゃなくて、カッコいいカスタムカーにずっと乗っていたいっていうのはあると思います。ポルシェの次に造ってるのがRX-7っていうのも、逆に激戦区に飛び込んで勝負するじゃないですけど、流行りを追いかけるんじゃなくて、自分で流行りを創っていきたい?自分から世界に発信していきたいという気持ちが強いですね。業界に衝撃を与え続けたいです」