「子どもは結婚して5人とも巣立って、やることないから。本当にやりたい事をやりはじめた。好きなこと我慢して子供を育ててきたんだから。あと10年乗れるのかな。これしかないんで、やれるとこまで。杖付きながらバケット乗りたい。」
人は子育てや仕事と言った長いトンネルを抜けると、時に無力感や脱力感に襲われるのかもしれない。
そんな時、オーナーの印南さんは、子どもの頃から憧れていたツーリングカーのミニカーを実車で再現した。今や国産のAE86と同じく見る事が少なくなったBMW M3(E30)。
元々レース用のベース車両やスポーツモデルとして発売されていたが、ここまで当時のツーリングカーを忠実に再現した車両はめったにお目にかかれないのではないだろうか。
実物は見たことがない、でも憧れの車なのは間違いない
まず、目を引くのはカラーリング。バイナルと思いきや一部を除いて塗装でシームレスに仕上げられている。(デザインのモチーフとなるのはドイツのビールメーカーDIEBELTS ALT。当時のカラーリングそのもの)
ベースとなるカラーはE36 M3GTの深みあるブリティッシュ・レーシング・グリーンに塗装。
エアロはBMWモータースポーツ製で、フロントのカナードは汎用品をインストール。
ここまでレーシーなマシンにもかかわらず、GTウイングは小ぶりな気がし「タイムを出すなら大きなGTウイングがいるのでは?」との問いに「GTウイングは今のところ付けたくない。それをやっちゃうとこの車から見放されてしまうと思うんだよね。」
マシンを横目にして、返ってきた言葉は感慨深い。
リアフェンダーは純正のままかと思いきや叩き出しをしている。但し、大げさな局部を出す叩き出しではなく、リアフェンダー全体が自然な曲線を描いている。プレスラインを考えると巧技である。
280キロのダイエットで車重1トンを実現
ガラス類はフロントガラス以外、ワンオフのアクリルに変更。
前後バンパー、ドア、トランク、リアウイングはカーボン製の物に交換。さらに、ルーフを惜し気もなく切り落としカーボンルーフ化。
室内はドンガラ状態で、運転席(TRDのフルバケ。ウエットカーボンタイプ)しかない。
この軽量化により280キロの軽量化に成功し、車重は1トンというから驚きだ。1トンというと国産のEGシビック(吊るし状態)と同じくらい。
重厚な外観からは想像できないほど「軽い」マシンに仕上がっている。
レスポンス重視のメカチューン
エンジンは2.3Lから2.5Lにボアアップ。ヘッドからバルブまで手が入っている。カムは296°/284°だがメインコースとなる筑波サーキットでは「296°までいらない、284°で十分」との事。馬力自体は274馬力程度らしいが車重を考えると、乗っていて楽しいのは間違いない。
ただ、本人は「ボアアップしないで、クランクだけを2.5L用のを使って、2.3Lのブロックのまんまハイコンプのほうがレスポンスはよくなる」と次なる目標?を語ってくれた。
ベルト類はオルタネーターしか回しておらず、あとは電動化を行い室内制御している。
コンピューターはMoTeCを採用、壊れないセッティングに至るまで試行錯誤を繰り返したそうだ。
ギヤ比はファイナルギヤと共に筑波サーキットに最適化している。
止まらないように設定したブレーキ?
足回りも様々なこだわりがある。すべてはタイムを出すセッティングだ。
以前はQUANTUM(クァンタム)製の車高調を使っていたが、今はYZ SPORTS CARSの車高調をインストール。写真に見えるダクトはバンパーからのエアーをローターに向けて取り込んでいる。
キャリパーはAP RACINGの4ポットで、スリットローターも同製品を採用している。ただし「がっつり止める」のではなく、サーキットでタイムを出すためにブレーキパッドで調整している。サーキットシーンでは「止まらない」事も重要な要素だ。
(写真は、先日の記事で紹介した埼玉県川口元郷のrd baseで新しいブレーキパットに交換している様子を撮影させていただいた)
フェンダー内は叩いたりせず、切ってタイヤとの干渉を防いでいる。それにしてもこの年式にかかわらず錆一つなく、しっかりとメンテナンスされている。
バネレートはフロント13キロ、リア18キロ。設定は度々変更するので多数所有している。現在はHYPERCO(ハイパコ)を使っているが埼玉県川口市のスプリングメーカー「HALスプリング」のバネが気になっているそうだ。
現在、キャンバーは4度程度で、ステージやセッティングに合わせて調整している。
レーシーな室内がやる気を掻き立てる
ロールバーはボディに直接溶接止めをしており、計28点にもなるそうだ(トランク内もストラット部にやぐらが組まれている)。その剛性と軽量化からリアはトラクションが逃げ気味らしく、リアのブレーキシステムはあえて純正をチョイスするなどしてバランスを保っている。
コックピットは大盛メーターを中心に埋め込み、シフトランプやサーキットカウンター(HKSとGPS)などサーキット走行を楽しむ必要最低限な装備になっている。
トランクを開けると、コレクタータンク(燃料のかたより防止)に加え、パーコレーションを抑える為のフュエールクーラーが設置されている。このフュエールクーラーはバケツのように見える容器にガソリンを循環させ、ドライアイスを入れて冷やすそうだ。
あくなき探求心と共にあるライフスタイル
これまでのレビューを読んでいただくと分かるが、あらゆる箇所に印南さんのイズムが刻まれたこのE30。第三者の目から見ると、これ以上煮詰めるところがないのではないかと思ってしまう。
「だいぶ改善したけど。行けども行けども永遠のテーマ」特にここ数年はタイヤの進化が目覚ましく、タイヤありきのセッティングなので終わりはないそうだ。
また、本車両とは別プロジェクトで73年式110サニー(ハードトップGX5)を造っている。クラウンのピンク(桃太郎ピンク)に塗装されウェーバーのキャブを載せたフルチューンになるそうだ。
もはや野暮なことかもしれないがチューニングに年齢は関係ない。筆者も印南さんのように目を輝かしながら仕事も車遊びも楽しめる人生を歩みたい。
この車両に関するデータ |
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外装:BMWモータースポーツ製、汎用カナード。その他カーボンパーツ。 足回り:YZ SPORTS CARSの車高調、AP RACINGの4ポットキャリパー、スリットローター。バネ、HYPERCO(ハイパコ)F13kg、R18kg。 エンジン:2.5Lボアアップ、カム296°/284°メカチューン。 コンピューター:MoTeC |