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日本のカスタムカー/チューニングカーの歴史

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カスタムカーとは?

「カスタムカー」とは、様々なカスタマイズ(改造)が施された、世界でただひとつだけの特別仕様の車のこと。ボディにステッカーを貼るだけのライトなカスタマイズから、原型をとどめていないものまで、世の中には様々な改造車が存在する。専門ショップに持ち込みカスタムを注文したり、自身でDIYカスタムをする人もいるが、好みや用途に合わせて自分の愛車を理想の形に磨いていくことは多くの車オーナーたちの楽しみである。

カスタムカーには改造の傾向やベースとなる車両によって様々な名称が存在し、代表的なジャンルを挙げると「VIPカー」、「ラグジュアリーカー」、「バニング」、「ローライダー」、「痛車」などがある。こういった改造車は外観の改変に重きを置いているものが多く、外観よりも性能面の向上を追求したカスタムや、チューニング(調律、調整)されたものは「チューニングカー」と呼ばれる。

日本は世界中が注目する独自のカスタム文化がある国だ。その歴史の変遷を見てみよう。

日本におけるカスタムカー文化の移り変わり

日本のカスタム・カルチャーの歴史を語る上で、「カミナリ族」の存在は大きい。暴走族の前身として知られている彼らは、1950年代から60年代にかけて、マフラーを外すなどの改造をしたオートバイを公道で乗り回し、速さや運転技術を競った。バイクや自動車の普及が進んだ70年代になると、バイクなどを乗り回して暴力行為を働く不良グループが増え社会問題となり、「暴走族」という名称が定着した。こういった非行少年と、あくまで自動車やバイクの運転技術を競うことを目的としたいわゆる「走り屋」は別モノであったが、一般的には混同されていた。

走り屋には、都市高速道路の環状部分で速度を競う「ルーレット族」、カーブの多い峠(山岳道路)で競う「ローリング族」、港湾地区の一般道や峠でドリフト走行をして競う「ドリフト族」、そして広い直線道路でドラッグレースを行う「ゼロヨン族」など、様々な種別があり、走り屋たちはそれぞれのジャンルに合わせて愛車をカスタム/チューニングした。こういったストリートレースはもちろん違法であり、当時は市販車を改造すること自体が違法行為であったため、とてもアンダーグラウンドなシーンであった。

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カミナリ族 出典元:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kaminari-zoku.jpg

爆発的なカスタムカー・ブーム

日本の車社会化や、スーパーカーブーム、富士グランチャンピオンレースの人気といった要因が重なり、70年代〜80年代の若者の車への関心は高く、1981年にはチューニング雑誌の先駆けである『Option』誌が創刊されたこともあり、市販車をベースとしたカスタム/チューニングがどんどんと盛んになっていた。そして90年代、カスタムカー文化は最盛期を迎えるが、その背景にはチューニング雑誌、パーツメーカー、カスタムショップなどの増加、『湾岸ミッドナイト』、『頭文字D』といった漫画・アニメやゲームのヒット、東京オートサロンの開催、そしてアメリカからの圧力による1995年のカスタムパーツの規制緩和などがあった。

暴走族文化から発祥したセダンなどの高級車を改造する「VIPカー」や、アメリカ西海岸で行われていたバンの改造が基となっている「バニング」、これまたアメリカ西海岸発の車高を低くした改造スタイル「ローライダー」など、様々なカスタム・ジャンルが80年代〜90年代に定着していった。

湾岸ミッドナイト

現在のカスタムカー事情

若者の車離れや車両改造の規制強化などが進行し、2000年代以降のカスタムカー・カルチャーは90年代の盛り上がりを見せていないが、映画『ワイルド・スピード』シリーズのヒットなどもあり、依然、根強い人気を誇っている。オタク文化から発祥した「痛車」など、ストリート文化とはすこし異なるサブカルチャーとの融合も進み、日本のカスタムカー文化は独自の進化を遂げてきた。そしてインターネットの普及で情報伝達が早くなったことで、日本のカスタム事情がより世界から注目されるようになり、世界各地の最先端の情報が手に入りやすくなったことで日本のシーンの活性化に繋がっている。ジャンルが一層多様になり、技術が日々洗練されている日本のカスタムカー文化は、今後も目が離せない。

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