車高調に何を求めるのか?いわゆる“良い足”とはどういった物か。
そういった議論は長らく続いていて、これからも需要がある限り続いていくだろう。何故ならユーザーが求める機能、利用するシーン、装着される車両など複数の要素が絡むから答えは永遠のテーマだったりする。
吊るしで満足できる人もいれば、セッティングをいくら取っても100%満足できる足に出会えない人もいるだろう。
だが、完全にニュートラル。0基準の車高調があるとしたらセッティング次第では自分の本当の理想とした足回りに出会えるのではないだろうか?高額だからいい商品、有名だからいい商品という概念は一旦置いて聞いてほしい。
今日はそんな話をしたいと思う。
T-DEMAND 田中氏
T-DEMANDの田中氏といえば、この記事を読んでいる人なら知っているだろうと思う。ローフォルムな車造りを牽引してきた人物の一人である。
現在は地元福井に工場をいくつか持ち、主に製品開発を行っているが田中氏のルーツはタイヤ屋さんの店長から始まり、ドリフトシーンでの活躍を経て現在に至る、いわばストリート発の叩き上げでもある。
そんな田中氏に自社製品のプロダンパーについて聞いてみた。
PRO DAMPERとは
まず、プロダンパーの概要だが標準とスペシャルという2つのタイプがあり、標準はソフトとハード。スペシャルは80Sと80Kという無料オプションが存在している。
「標準がノーマルピストン。世間一般で使われる普通のピストンで、5wのオイルを使っているのがソフト。20wを使っているのがハード。ピストンは同じだけどオイルが違うだけですね。まず、これを無料で選べます」
「で、スペシャルはピストンが標準と違っていて、5wのオイルを使っているのが80S。20wを使っているのが80K」
ユーザーは4種類の中から自分の乗り方に近い仕様を選択できる。これらはダンパーについての選択肢だが、さらにダンパーの長さも選べるようになっている。
車高調を購入した人ならここですでに分かると思うが、車種用の車高調を買うというより自分好みの車高調を設定して購入する事ができる。
減衰力の話
減衰力を分かりやすくいうと抵抗する力。伸びたり縮んだりを抑える力の事で数値が小さいほど速く、大きいほど遅くなる。
プロダンパーの場合、標準のピストンは1:1、スペシャルのピストンは1:8になる。縮みが1に対して伸びが8。
「標準のピストンは1:1。ただ、ピストンだけで見ると1:1なんですけど、シム調整という仕組みで1:2にしてるんですね」
これについてはシム増しと言えば、何となく理解しやすいのかもしれない。
「一般的にはだいたいこれなんですよ。シムっていうとワッシャーみたいなのです」
「ピストンに薄いワッシャーを重ねてネジを締めるんですけど、ピストンにオイルの通り穴があって、シムはオイルが通る時にしなるんですよ。ギュッと。という事は癖ついたりとか、ガンといった時に最悪は折れ曲がる場合もあるんですよ」
ダンパーのロッドの先端にはピストンがついていて、オイルの入ったダンパーの中を上下している。このピストンにはオイルの通す穴が開いていて、シムはピストンを挟み込むように存在している。
そして伸びたり縮んだりした時。オイルがピストンの穴を通った時に減衰調整用の薄いシムがオイルの通りを邪魔して抵抗する事で伸び縮みのスピードを調整するという仕組み。
極端な話をすると乗り方や状況によっては、このシムに負荷がかかり変形したりするそうだ。
「通常はこのシムを増やしたりとかシムの外径を大きくしたりして、減衰を調整している仕組みなんですね。ただ、走り方によっては1年後にもしかしたら減衰が極端に変わってるかもしれないんです。シムが折れ曲がったり反ったりしてるかもしれないんです。それは開けてみないと分からないんです。何となく分かってきました?」
「例えると中にレンコンが入っていて、ただの穴が開いてるだけなんですね。それが真っ直ぐ穴が開いてるから1:1なんですよ。でも、伸びる時だけシムで抑えて1:2にする」
「で、僕らは独自でピストンを開発していってシムなしで1:8になるように造ったんですね」
PRO DAMPERにはT-DEMAND独自の技術が投入されている。
過程
長い間、開発をしている中で工場を変え、製造国を変え田中氏の考える理想の車高調を追求してきた。その過程では日本人が考えるモノづくりとほど遠い結果もあったそうだ。
「世の中に出せないショックもあったし、オイルが出てたりとか、ケースの色違ったりとか傷があって話にならないとか。手で押しても減衰がバラバラだったりとか」
「けど、諦めずずっと改良して新しい工場まわって、色んな試作品造って。正直2億くらい使いましたよ。開発費。最終的に自信満々のショックが手に入るまでに」
最終的に満足できる形になった時にプロダンパーと命名されてリリースされるが、現在もすべて自社で機械と手で検品して販売している。
そこに一切の妥協はなく構成している部品一つ一つに完璧な精度を求めている。
相棒がいないと駄目?
ここまでの話でT-DEMANDの製品に対しての企業姿勢が見えてきたと思うが、ここから“足回りマニア”ともいえる田中氏の話が非常に面白い。
「例えば、このアッパーマウントのピロ。これとかもここで圧入してるんですね。組付けはうちで、部品となる削り物とかは工場」
「アッパーマウントのピロもこれだけトルク違うんですよ。これ、今ピロの検査してるんですよ。ピロの動いてる時の硬さですね。これを左右揃えるんですよ」
この時点ではどういう事か理解できないが、ピロをトルク(硬さ)によって分けているようだ。
「標準型のピロだと、わりとすぐ音が出たり駄目になっちゃう。このピロは、ピロを造るならこれ以上ないって高級なピロなんですけど、それでも硬さが違うんですよ。信じ込んじゃ駄目なんです。トルク指定して造ってても。だからうちでこうやって検査したら、あれだけ分かれるし」
どれだけコストを掛けようが、最終的に手で検査をして硬さを確認する事が大事で、手作業で確認するとトルク指定して制作したピロであっても硬さは異なってくるそうだ。
「車ってね。左右対称にしないと駄目なんで。別に固くても柔らかくてもいいんですよ。ただ、2本相棒になる物がないと僕らは使えない。それは僕の考えなんですけど」
「だから相棒探しにすごい時間かかるんですよ。僕が一番こだわってる所ってそこですよ。そこまでやってる所ないとは思うんですけど」
味付け
実際にトルクの確認をさせてもらったが、これが素人でも簡単に分かるくらい違う。同じピロでもこんなにも違いがあるのかと驚いてしまった。コクコクと動かせば手に感覚が伝わってくる。
「計測器に4って書いてあっても、4.2か3.8かもしれないし。こんなのって測り方によっても変わるじゃないですか。だから最終的には人間の手で揃ってるかなって確認してます。左右新品でも、こいつのせいで真っ直ぐ走れない事もあるんです」
先程のトルク分けしていた箱はこの為であり、機械で測って同じトルクであっても手作業で2つが同じか最終確認しているようだ。
ここまで徹底しているという事はアッパーマウントのピロが一番誤差が出るという事なのだろうか?
「これが一番というか、何もかもが揃ってないと駄目です。これが揃っててもダンパーが右と左が違うと駄目だし。すべて物は揃ってますって基準がないとセッティングができない。前後?前後は違っててもいいです。あえてフロントは硬くするとか、リアを柔らかくするとか。車重によっても変えてます」
「そこはもう僕の味付けなんで。80Sでもリアのガスが変わってたり、ピロの硬さが変わってたりとか」
つまり、左右は揃っているというのが前提として、後は田中氏の味付けによって設定されている。
「それはアームでも同じです。このフロントのロアアームに使うんだったらピロのトルクはこれ。リアアッパーに使うならこれくらいのトルク。トーコンに使うならこれみたいな」
「同じ見た目のピロでもトルクが色々種類あるんで、どっちかっていうとそこが真似できない所なんです。調整式アームって形の物を制作するのは簡単なんですけど、この車にはどれくらいにしておくとちょうどいいのか。そこは僕の味なんで。他の人がいや、こうだろ?ってなるかもしれませんけど」
基準
普段は聞けない内容を話してくれたが、企業秘密と思える内容を公開してもいいのだろうか?
「いや、いいですよ。全然言っちゃっても。一般ユーザーさんってネットでも車高調買うじゃないですか?安いとか良い物って思って。で、左右揃ってるって思ってると思うんですよ。日本人って。例えば机買っても4本足が完全に同じ長さって思ってると思うんですよ」
田中氏が説く足回りの話だが実に意外で盲点だったかもしれない。重要なスペックやセッティングの話の前にそもそも車高調自体がニュートラルで0という基準でないといけないはずだ。
これまでセッティング方法やノウハウについての議論は幾度もされてきたが、それは車高調がニュートラルで基準が取れているという前提。車高調自体を疑う事はあまりしないだろう。
但し、これらは非常に繊細で至高の乗り心地、至高の足回りを制作するという観点での会話であって、あくまでマニア向けの話だ。
「うちの製品はT-DEMAND基準として左右対称ですと。そりゃ、0.01ミリとか違うかもしれない。ただ影響のないレベルで長さも硬さも左右揃ってると信じてセッティングに専念してくださいって製品なんです」
「けど、そういう事を求めてない人、そこまで求めてない人、そこまで考えていない人には、うちの製品は高いと思うんですよ。うん」
プロシート
一昔前はとにかく車高を落としたいというニーズがほとんどだったが、最近は乗り心地も重視するスタイルに変化してきているようだ。T-DEMANDでもヘルパースプリングの売れ行きが伸びてきているとの事。
また、プロシートという商品もリリースされていて、乗り心地を追求するなら注目してほしい。
「これ内部にベアリングが入ってて、砂とか噛まないようにカバーしてるんですね。このベアリングも専用設計でグリスも耐久性を考えてて」
プロシートはバネ下に装着する事で、バネの抵抗をなくしバネ本来の動きを促すといった役割を果たす。
「バネが動く時にバネって絶対にちょっと回ろうとするんですよ。バネが縮もうとする時に逃げがないと本当に動きたい分動いてくれないんですよ。接地してる面に無理がかかって、そこの抵抗で本当はこれだけ動きたいんだけど抵抗で動けないんですよ」
バネは常に回転しながら伸び縮みしているという事だろうか?
「そう、これがなかったら土台がすり減って土台のプラスチックがボロボロになる。その抵抗で乗り心地が突っ張ったようになるんですよ」
時折、車高調から何らかの異音が鳴るのもこうした理由からだろうか。もちろん車種や個体差はあるかと思うが。
「ストラットだとハンドル切った時に車高調が回転するんです。だから、バネが動かないと固定してたらギィギィって鳴るんですよ。ウィッシュボーンは回転しないですよ。けど、ストロークする時にバネが滑ってくれないと綺麗に動かない。初期から動かないって言うんですかね」
「サスペンションって斜めに付いてるし、アームも円を描いて動いてるから、真っ直ぐ動くんではないんですよ。ねじれながら動くんですよ。動きたいんだけど色んな邪魔者、抵抗を減らす為にこれがあったりスライドピロアッパーがあったり。サスペンションの本来の動きを発揮させる為の補機類みたいな感じです」
このプロシートはバネとロックシートの間に挟み込む製品になるが、アッパーマウントの下に挟み込むベアリング内蔵のアッパーシートも最近リリースされたとの事。
「上はこのベアリングアッパーシート、下はプロシートをつければ上も下も動くんで最強」
「無駄な抵抗がなくなります。だって抵抗がある状態でセッティングって難しいじゃないですか。抵抗があると減衰もバネレートも何もかも分からなくなるんで」
ローフォルムでありながら、至高の乗り心地。試したいものだ。
姿勢
田中氏の製品開発に対する姿勢や実際に行っている事は間違いなく本物のモノづくり職人だ。今回教えてもらった貴重な話も、足回りに不満がある方は参考にしてほしい。
プロダンパーについては補機類の磨き方、ピストン、ゴム類、ロッド、オイルシールが入る所の部屋のクリアランスなどすべてが独自設計。よれ具合、オイル滲み防止まで計算して設計している。
その為、プロダンパーは一度バラすと精密すぎて簡単に組めないという。オイルとガスを抜いてもガタが出ないそうだ。それくらい精密にできている。
「お客さんによって求める物が違う。本当に満足してもらう為にはお客さんに理解してもらうのが大事」
メーカーとしての地位を確立した今も、お客さんからの注文に直接回答をしたり相談にのったりする事もある。
日本人として田中氏のモノづくりは誇りに思うし、もっと多くの人に知ってほしい。そんな気持ちになった。
他にもアームやデルタリングなど聞きたい事は山ほどあるが、またの機会にしよう。